砂ビルジャックレコード

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空白こそ最高のスパイス(『悪なき殺人』観たマン)

『悪なき殺人』を観た。

 


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自分は俯瞰で鈍感なタイプだという認識がある。知り合いと集合して話すときに、なんとなくその人の交友関係や背景を思い浮かべながら話すのだけども、例えば会話の中で突然知り合いが「俺って〇〇と付き合ってるじゃんか?」と、周知であるかのように新情報が私に降りかかる。その場にいる他の知り合いたちは、その事実を認識済みなので話の流れは止まらない。私は一旦確認したいけど、鈍感だと思われたくないから、前から知っていた体で会話に引き続き参加する。そして、私の脳内では、相関図の書き換えが急ピッチで展開される。その書き換えによる焦りを抑えようとしてテーブルの余ったフライドポテトを食べる、までがワンセットだ。

 

『悪なき殺人』は、そんな相関図の書き換えが頻繁に起こる。フランスの山間の町を舞台にした作品で、あるひとつの失踪事件が起きることから物語が始まる。登場人物のひとりであるアリスが、この失踪事件をテレビのニュースで観ているところから、話が展開し始める。アリスはミシェルと結婚しているのだが、他の男(ジョゼフ)と深い関係を持っている曰く付きな人物である。そんなアリスの周りでもある事件が起きる。すると、今度はアリスの浮気相手であるジョゼフの視点からの物語が始まる。このように様々な登場人物の視点から物語が進み、やがてそれらの物語がひとつの大河となっていく。

 

それぞれの主観で物語が進むから、一見関係なさそうなあの人とあの人には、実はつながりがあって、、あの人にはあんな秘密があったなんて、、と意外な事実が明らかになっていく脚本がたまらなく面白い。それぞれの登場人物が欲望のままに行動し、それが意外な結果をもたらすあたりも実に人間的だ。"ONLY THE ANIMALS"という英語版のタイトルに大納得した。獣ばっかの登場人物達に対して、観ている側のこちらとしては知ったかぶりする必要がないので、存分に相関図の書き換えに集中できるのもありがたい。

 

登場人物で、注目してほしいのはアリスの旦那であるミシェルだ。最初は比較的地味に見えるのだけども、『悪なき殺人』が多層的な物語というシステムが分かりだすと、画面には映らないミシェルの言動が気になりだしてしまう。その空白の部分が、この映画に、よりのめり込むスパイスとなっている。もちろんミシェルがどういう行動を取るのかは明らかになるのだけど、そのときのミシェルの顔芸に注目してほしい。誰にも観られたくないある瞬間の表情が非常に間抜けで笑っちゃうのだけども、自分ごととして考えてみると、急に笑いづらくなるのも最高だ。