砂ビルジャックレコード

カルチャーの住民になりたい

なんかいろいろ(ポケモンスナップとかマツケンサンバⅡとか)

そういえば、ゴールデンウィークに一度も電車に乗らなかった。脳の旅行を計画する部分を1年以上使っていないものだから、その行動範囲も徐々に小さくなっていってるような気がする。移動しなくても楽しむことが自分のアルゴリズムの中で上位になっているのだろう。

 

そんなゴールデンウィークは発売したてのSwitch版のポケモンスナップをやっていた。前作がNINTENDO64で、自分が小学生の時。そこから20年経ってとうとう新作。その間に少年は、恋もしたし、お酒の味も覚えた。ポケモンの数も引くぐらい増えた。その成長した時を取り戻すかのようにひたすらポケモンの表情を収めていた。

 

このゲームは、ただ撮るだけでなく、ポケモンを近づけたり、意外な行動を起こさせるためのアイテムもポイントだ。64版は、餌付けのりんごや、怒らせるためのイヤイヤボールというのがあった。りんごはスイッチ版も存在するのだが、虫除けスプレーのガスが入ったイヤイヤボールの代わりに、ポケモンを光らせるイルミナボールというものになっていた。ポケモン愛護的な考えも出てきたのだろうかと推測しながらイルミナボールをポケモンに連投する。この仕様変更に、20年の自分と、世界の価値観の変化を感じた。

 

 

撮ってばかりで、書くことに鈍っていることに気づいたということもあってか、かくかくしかじかを中古で買った。この漫画の背表紙を本棚に置くだけで、書く意欲が湧けばいいのに、という寸法だったが、やっぱり読み進めている。はじめて読んだとき(もう5年前か)は、絵画教室の先生の「描け」のインパクトが強すぎていたけども、相変わらずその2文字のリフレインが頭の中に流れる。最終巻の展開に、少し泣く。

 

takano.hateblo.jp

 

 

ここまでお読みのみなさんにお聞きしたいのだが、マツケンサンバⅡってちゃんと聞いたことありますか?そう、あのマツケンサンバⅡです。無性にジャンクフードが食べたくなるみたいな欲と、同等にサブスクでマツケンサンバⅡを再生したんだけど、なんだか頭の中で想像していたマツケンサンバⅡと違って、マスク越しにクスクス笑っていた。とにかくフルで聞いてほしい。

 

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イントロが、想像以上に長いのだ。なんか、いきなり「叩けボンゴ〜♪」っていう曲の構成だと思ってたから再生したときに、カラオケバージョンの方再生しちゃったのかな?と焦るぐらいだった。まるまる1番分、インストゥルメンタルで流れたあとに、ようやく思ってたマツケンサンバが流れたもんだから、めちゃくちゃ面白かった。時間にしておよそ1分8秒。じらして、じらして、金ピカの真打ち登場。ちなみに1番と2番の間奏もイントロぐらい長い。この間マツケンが踊っていることを妄想するとすごい幸せな気持ちになれた。

 

Spotifyは便利なもので、マツケンサンバⅠも収録されていた。マツケンサンバⅠの曲の始まりからマツケンが歌い出すまでの時間は1分50秒。トーストが焼き上がりますね。

 

 

 

 

ずっとホリデー(『パーム・スプリングス』観たマン)

『パーム・スプリングス』を観た。

 


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あいにく、今年のゴールデンウィークも旅行には行かず、家で過ごすことになっている。インドア派の私には、それほど苦でもないのだが、ゴールデンウィークが終わりに近づくと苦しみが襲ってくる。好き勝手に過ごしたから体内時計は狂っているし、日常に戻るのが億劫になる。このまま休みが続くのも悪くないんじゃない?と暦に提案してみる。ゴールデンマンスになり、ゴールデンイヤー、ゴールデンディケイドとなるなら最高だ。黄金は光り輝き続けていてほしい。

 

そんなキープ・ゴールデンの夢を叶えてくれるかもしれない?のが、『パーム・スプリングス』という映画だ。パーム・スプリングスとはカリフォルニアにある砂漠のリゾート地帯。ここで行われる妹の結婚式に出席するサラがヒロインだ。その結婚式で最高のスピーチをしたナイルズと、いい雰囲気になるが、突然ナイルズが弓矢で襲撃されてしまう。襲撃後、這々の体で洞窟へ逃げるナイルズを追ったサラだったが、不思議な洞窟の光を浴び、目覚めると、妹の結婚式当日の朝に戻ってしまう。そこでナイルズから、結婚式当日の日を何度も繰り返されることを告げられる。

 

いわゆるタイムループものなんだけど、不幸な状態が続く環境から何度も脱出を試みるみたいなものでなく、ひとつの幸せの臨界点である結婚式当日が何度も繰り返される設定が新しい。あらゆる感情を経験したというタイムループプロのナイルズが、新入りのサラを引き連れて、何度もプレイしたゲームのコースでハイスコアを取るようにあの手この手で色々と遊びまくっているのもなんだかいい。豪邸のプールに、ピザのデザインのエアマットを浮かべて、お酒を飲んでチルしているナイルズが画面に現れるだけで、不思議と心が癒やされる。

 

「幸せな日が何度も続く」という状況であるが、それが幸せかどうかが、キャラクターによって異なるのも見どころだ。そりゃ何度も繰り返していたら飽きてくるのは自明のことだ。この結婚式の一日から脱出しようと画策したり、やっぱ諦めたりする展開もあって、物語がどう進んでいくのか常にハラハラする。

 

黄金に光り続けるゴールデンディケイドを一瞬夢見ていたが、刺激がなくなってくることを考えればどうしても飽きてしまうんだろうなあと、憂鬱な気持ちが勝ってきた。もし、繰り返される1日がひねもす大雨の日だったら、気分は下がりっぱなしだ。自分も他人も環境も変化のある生活だからこそ、彩りが生まれるというものだ。と、綺麗事を並べてみたけども、小説も漫画も音楽に、映像作品を、一生かけてもすべて見ることが出来ない現代じゃ、ずっと繰り返されるホリデーも案外良いのかもしれない。

バチバチ世代闘争(『ミナリ』観たマン)

『ミナリ』を観た。

 


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 外国語の響きはなんだかおもしろい。アカデミー賞にもノミネートされた『ミナリ』は、日本語では「服装」という意味の言葉の響きになる。しかし、韓国語で「セリ」のことを指す。お隣の国なのに、一つの植物の名前だけでこんなに名前が違うのか。春の七草としてもおなじみのセリは韓国にも生えていて、ナムルなどにして食べることが多いらしい。

 

そんな『ミナリ』は、1980年代の物語だ。韓国からアメリカに移民してきたジェイコブとその家族は、おなじアメリカに住む韓国人用の野菜を作る農家としての成功を夢見る。ひよこの選別で日銭を稼ぎつつも、自らの土地を開墾して、野菜を育てる。ただ、そう簡単に物事は簡単に進まない。マイノリティーとしての慣れないアメリカの生活や、家族内での問題など様々なトラブルがジェイコブたちに襲いかかる。

 

刺さったのが、おばあちゃんと孫のバチバチした、いざこざの流れだ。このおばあちゃんを演じるユン・ヨジョンのキャラクターの強さよ!そりゃ賞取りますわってぐらい『ミナリ』における最重要人物だ。時代が進むに連れ、考え方は洗練されていくおかげもあるが、アメリカナイズされた孫のデイビットとアンにとって、移民の途中から合流する韓国育ちのおばあちゃんであるスンジャの仕草や考え方は、どこか野蛮的で受け入れづらかったりする。どちらかというと、おじいちゃん子・おばあちゃん子でもないし、お盆のときに両親の実家に帰るのが苦手だった私にとって、このデイビッドたちの嫌悪感に勝手に共感していた。当時は、あたしゃテレビを見て静かに暮らしたかったのだよ。

 

なんか知らんもの食わされたり、無意識にプライドを傷つけられたり、この噛み合わなさの結果、あるひとつのピークに達するが、そこは『ミナリ』のひとつの見所だと思う。そんな、家庭内外の問題を抱えながらも、ジェイコブたちは、家の近くの川に自生する『ミナリ』のように、健気にたくましく美しく生きる。