砂ビルジャックレコード

カルチャーの住民になりたい

勇気を指に伝えて(『フリー・ガイ』観たマン)

『フリー・ガイ』を観た。

 


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ああ、また間違えてAボタンを押してしまった。ここからあと何回も無心でAボタンを押し続けないといけない。というミスは誰にでもある。原因はゲームの世界で、私達と同じように日常を暮らしている本編とは関係のないキャラクター(=モブキャラやNPCと呼ばれる)がいるからだ。彼らは、決まったセリフしか話せず、たまに、ゲームのヒントやお役立ち情報について教えてくれるキャラもいるけども、結局はその仮想の世界を世界たらしめるひとつの要素であって、主人公としてこの世界に舞い降りるプレイヤーにとっては、どうでもいいキャラだ。だから「無駄に親指の筋肉を消費させやがって」と勝手にモブキャラにいらついてしまう。でも、考えてみればこのモブキャラも仮想の世界では等しくひとつの命なのである。そこに着目したのがこの『フリー・ガイ』だ。

 

舞台は「フリー・シティ」というゲーム内の街。オープンワールド状になっていて、ここに現実世界の人間はプレイヤーを操作してミッションをこなす。イメージで言うとグラセフに近い。銀行で働くNPCのガイはいつもの起床して、朝食を食べて、銀行で働いて、銀行強盗にあって、、、といういつものルーティーンの中で生きていた。ところがあるとき、街で見かけた女性プレイヤーのモロトフに一目惚れをする。ルーティーンとは違う出会いが起きたことで、ガイの生活に変化が起こる。なぜ、NPCのガイが突然、意思を持ち始め、ルーティーンから異なる行動をするようになったのか、それには理由があって映画の中で明らかになる。と、同時に「フリー・シティ」にある危機が迫る。

 

ゲームの世界の物語だが、もう一軸で、現実の人間サイドの物語もある。現実世界でゲーム画面に映るガイはきちんとゲーム的な処理をされているし、芸が細かい。ゲームと現実を行き来する映画でいえば『レディ・プレイヤー1』を思い出すが、今回はゲーム内の1キャラが主人公ということで、現実から観察するという目線が加わる。それはどこか『トゥルーマン・ショー』でもある。そして、ガイが世界のある変化に気づく場面は小道具も含めて『ゼイリブ』みがある。逆OBEY!

 

モロトフへの片思いが故のガイの行動も自由であり、その行動は不思議とモロトフを操作している現実世界のミリーに影響を与えていく。どうしてもルーティーン化しがちな現実の日々の暮らしも自由なのだが、果たしてガイのような一歩踏み出す勇気を伴った自由を手に入れようとしたのは、最近いつだっただろう?勇気を伴った自由を手にしようとしたとき、自分の人生が主人公のようにきらきら輝きだすのではないだろうか。主人公になるためにAボタンはあるのだ。