砂ビルジャックレコード

カルチャーの住民になりたい

セミ死グレー

何回も引っ越しの話をしていたけど、ようやく引っ越すことに成功した。前の住所より高い建物が少なくて、遠いところにある高層建築物が見える。部屋の総面積は今の部屋が狭いのだけど、玄関を開けたときに広がる空の広さを総面積に入れてしまえば間違いなくこちらのほうが広い。

 

そんな新しいマンションでの生活だけどさっそく問題が起きている。それは夏のせい。階段にべとっとセミが倒れているのである。長年、人として生きているから、このセミが生きている可能性があることは心得ている。自分の部屋へ行くには、セミが倒れている階段を上っていかなければいけない。

 

セミに近づかないようにそっと階段を上るが、そのときの振動がセミに伝わり、セミが作動しだした。生命が終わりに近づいているのか、セミは自分自身の体をコントロールできず、鳴き声をあげながら、マンションの壁を縦横無尽にぶつかっている。ジャヤでルフィにワンパンされる前のベラミーじゃんと思いながらも、大音量でわめくセミにびびった私は小走りで部屋へと帰った。

 

いわゆる夏あるあるに異変を感じたのはその3週間後だった。私はスマホをいじりながら部屋から出て、階段を下っているところだった。サイレンのような鳴き声がしたかと思ったら目の前を一瞬黒い影が通り過ぎる。バチン!と壁にぶつかっては蛇行を繰り返す。ベラミーだ。あのときのベラミーが階段にまだいるのだ。3週間前と同じ死にかけの状態で。別のセミかと思ったけども、そんな頻繁にセミが入るようなタイプの環境ではない。3週間前と同じ動き、鳴き声を思い出したのだから間違いなく同じセミだ。

 

セミの寿命は2週間程度と聞いたことがある。このセミは死にかけながらも平均寿命を超えていたのか?だとしても地上に出てすぐに死にかけの状態になるのだろうか?セミについて考えを巡らせていた私はある一つの結論にたどり着いた。ゾンビだ。あのセミはゾンビだ。長年土の中で暮らしていたセミ自体、ゾンビの前借りみたいな生き方をしているけども、土の中に還って生を全うするはずのセミが、人工建造物の中に迷ってしまい、死んでしまった。その悲惨な死を遠くから見ていたマッドサマーサイエンティストが、そのセミの死体に禁断の力を与えたのだ。不思議とセミぐらいの寿命なら多少のゾンビタイムに許容してしまう人間の私。セミからみたらエルフみたいなんだろうな。

 

今年の夏は7月がピークで8月も思ったより暑くならなかった気がする。夜になると涼しい夏の日だってある。もう、あのセミゾンビが暴れる瞬間は見なくなった。セミゾンビは夏の間は生き続けるのだけど、秋が来ると消滅してしまう。セミゾンビになりたくないと、元気なセミは夏の真ん中で鳴いている。