砂ビルジャックレコード

カルチャーの住民になりたい

理想はみんなでやさしくいきる【夜明けのすべて】

『夜明けのすべて』を観た。


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最近、自分の人生を生きていくだけで精一杯に感じることがある。生活費を稼がないといけないし、家の掃除や洗濯もしないといけない。昔と同じ24時間を過ごしているのに余裕が少しずつ少しずつ無くなっている気がして、最後に駅前でポケットティッシュを優雅にもらった日なんて思い出せない。

『夜明けのすべて』は、それぞれ病気を抱えた同じ職場の2人が主人公だ。上白石萌音演じる藤沢はPMSに悩まされ、松村北斗演じる山添は、かつてバリバリ働いていたけども突然パニック障害を発症したことで仕事が続けられなくなり、藤沢の職場にやってきた。職場の中で自分の病気と向き合いつつ、お互いのことを知り、共に心を開いていく。

自分の近い関係の人でこれらの病気を抱えている人を知らない(打ち明けていないだけかもしれないが)から、それぞれの症状が出てくるシーンは少しショッキングだった。こういう病気だからという基本情報があるから受け入れられているが、もし何も知らない自分が同じ場面に出くわしたらと思うと、きっとこんな物語どおりのスマートな対応はとれないだろう。自分の日常生活における想像力の欠如を痛感した。

自分を開示しながら、徐々に同じ方向を向いていく藤沢と山添の姿は現実世界におけるかなり現実的な理想だ。ときにおせっかいな行動になるかもしれないけど善意しかないから、受け手も心なしか開襟をし始める。失敗を恐れずに、この人のためにどうにかしようという隣人愛あふれる姿勢が眩しい。

それでいて、この2人を暖かく見守る会社の同僚たちがとにかく素敵だ。会社社長や山添の元上司の過去の経験がさらっと描かれるが、その過去を乗り越えて生きていく姿や他者への還元の姿勢の美しさがもっとこの世界にあればいいのにと思った。

藤沢と山添の関係を全然ウェットにしない展開も素晴らしかった。超現代的なコミュニケーションのすれ違いが起きる場面は自然的だし、テキストでやりとりをする社会の中で、そのテキストの内容を全く見せず2人の表情だけで想像させる演出も好きだった。

山添が言っていた「3回に1回なら助けられる」というセリフが心に残り続ける。自分はきっと人に優しくしたいんだけど、それが失敗したら迷惑になるかもしれないということに恐れていたんだと思う。それが段々と自分の生活の息苦しさの一因になっている気がした。相手を理解することも優しさだ。まずはなんとなく人に優しくなろうと思うし、優しくされようと感じた。ポケットティッシュを優雅にもらおう。

文京区で耳をすまして

ラッキーなことに『オードリーのオールナイトニッポン in 東京ドーム』のチケットが当たった。前回の日本武道館に行ったときのことをブログに残していたけども、それが5年前だったことに驚く。武道館のステージの真ん中からサンパチマイクが競り上がってきた瞬間は鮮明に覚えているけども、そんなに昔の出来事だったのか。あれから世界はたっぷり様相を変わってしまったけども、ニッポン放送の土曜25時からの2時間だけはまったく変わらなかった。

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最寄りの駅から移動して総武線に乗り換える。『Orange』の歌詞がよぎる。車両でラスタカラーを着こなしている人が2人いて、この人たちと水道橋に向かうんだなあと思うと少し嬉しくなる。水道橋に降りると、ラスタカラーに加えてピンストライプのユニフォームを着た人たちも増えてくる。改札を出て、東京ドームへ近づくにつれて人口密度が少しずつ高くなる。前日のラジオで言っていた幟を見つけて、何枚か写真を撮る。

 

どこが最後尾かわからない列の流れに任せてドーム内に入る。こころなし携帯の電波がよろしくない。移動するのにも一苦労なぐらいな混雑で男性用トイレに並んでいる間に生サトミツと青銅さんを見逃してしまう。なんとか開演時間までには済ませて、その時を待つ。

オープニングの「おともだち」のアニメーションでさっそく感極まる。この15年の間に学生から社会人になった人が一体何人いるんだろうとドームの中を思わず見渡す。そのアニメが終わると、画面には一面のとうもろこし畑を歩く若林が映る。野球場でとうもろこし畑が映るとなれば、そりゃ『フィールド・オブ・ドリームス』だ。一方、春日側の煽りVが『メジャーリーグ』というのもシビレた。野球映画で対比しつつ颯爽と姿を表す二人。ドームを自転車で一周する若林が想像している以上に早い。

たとえ、東京ドームであってもラジオブースがあればあっという間にキーステーションになってしまう。若林のUber Eats配達員として働く話、春日の阿佐ヶ谷・長楽のポークライスを再現しようと奮闘する話どちらも素晴らしかったし、再現したポークライスをひとくち食べて何か思いにふける若林の顔を見て嬉しくなった。長楽の外観もポークライスの味も知らないのに。一瞬、HEY!たくちゃんがポークライスの調理動画をYouTubeにあげてたんだけど、すぐに非公開になっていた。また不正をしたのかな。

春日vsフワちゃんの試合は、春日が伝説の大仁田の入場をやってきたときはたまらなかった。大仁田はパイプ椅子を持って入場して、花道の真ん中でタバコを吸うのだけど、春日は具の入っていないラーメンをすすっていた。パロディの細かさにその座席ブロックで一番大声で笑っていたと思う。壮大なプロレスごっこなのにしっかりプロレスをやっていて、リスペクトに溢れていた試合だった。


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WAKABAYASHIのDJプレイでは、あの2人組が出てくるのかと思ったけども、『Orange』のイントロが流れ出したときにぶわっと鳥肌が立つ。ポップスター、星野源の登場だ。彼も長楽に通っていたという話も良かった。もしかしてスターダムにのし上がる前の二人が同じ町の中華料理屋で同じ時間にご飯を食べていたかもしれないと考えるだけで胸が高鳴る。


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興奮冷めやらぬ中、浅草キッドが流れ始める。徐々にこのお祭りの終りが近づいてくることを悟る。淡々と「しんやめ」のコーナーが始まると体感時刻が2時50分ぐらいになるのが不思議だ。カラテカ矢部のネタでドームがどっと湧く。ハガキ職人でもないけどすごい幸せな瞬間だった。聞く場所は違えど、みんな同じ瞬間に笑ってきたんだな。

一通りエンディングのような雰囲気が漂ったあとに、武道館のときと同じようにサンパチマイクがすっとステージへ競り上がる。アナログフィッシュが流れながらステージへ向かって二人は花道を歩く。その花道には、むつみ荘から武道館までこれまでの主な会場が描かれていた。

野球にプロレスに音楽ライブ。ラジオイベントでありながらも、ドームでやってみたいこと詰め合わせをやったようなライブだった。そして漫才もやってしまうのだから恐ろしいコンビだ。本当にすごい瞬間に立ち会ってしまった。生きていてよかったなあ。武道館のときと同じように昨日のことのように思い出せるイベントだった。SpotifyにあったオードリーANNin東京ドームのプレイリストを聞きながら水道橋から日常に戻った。

 

よちよち進歩しようぜ【哀れなるものたち】

『哀れなるものたち』を観た。


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時代は髪の毛のようだ。1日単位で見れば違いに気づかないが月単位で比べると、髪の毛が伸びたり、減ったり、白髪になったり大きな変化を観測できる。現代人として生活していると、その変化に対して手入れをすることを求められ、サボれば自身の印象にも関わる。鏡で自分を良く見てメンテナンスをすることが不可欠だ。

 

『哀れなるものたち』でベラ・バクスターを演じるエマ・ストーンの長い黒髪に目が留まる。このベラ・バクスターという女性は人造人間で、赤ちゃんの脳みそを大人の体に移植した人物だ。ベラを作ったのはマッドサイエンティストのゴッドウィン・バクスター。ベラはこのゴッドウィンの屋敷の中で生活を始める。

 

完成したてのベラは、最初、その黒髪ごと大きな体を振り回してよちよち歩くのだが、映画での冒険を通して徐々に成長し、大人になっていく。この成長の軌跡を表す表現がとてつもない。心と身体のアンバランスを違和感なく表現するエマ・ストーンが恐ろしいし、映画が進むに連れて、いつのまに精神が大人になっていたベラの考えにハッとさせられる瞬間が訪れる。タルトを一口で食べるシーンは微笑ましいから大人になっても続けてほしい。

 

人造人間のベラにとっては初めての世界は新鮮だらけで、経験を積みながら彼女なりの世界を獲得していく。ベラの対比として、考えが凝り固まっている男性たちが彼女の前に現れるのだけども、そいつらに対して淡々とまくし立てるベラが最高だ。舞台が19世紀後半のヨーロッパであるが、その古い価値観は現在でも残っているわけで新世代としてのベラのセリフに頷きまくる。パンチラインの連続に、思わず劇場でゴンフィンガーをあげたくなってしまった。ここは新木場スタジオコーストではない。

 

監督したのはヨルゴス・ランティモス。そういえば『ロブスター』のときの設定もぶっ飛んでいた。ヨーロッパの町並みが少しスチームパンクなデザインになっているのもかっこいい。綿菓子の内側みたいな空も好きだ。作中の音楽も不協和音なのに浮遊感があって、シャボン玉の中から映画を観ているような感覚に陥る。

 

変わりゆく日々を生き抜くためには、自分を鑑みながら「進歩」することが重要ということに気づく。停滞していては過去の人間になってしまうし、場合によっては、作中のある人物のように「進歩」させられることもある。よちよち歩きでもいいから自分の足で切り開いていこう。

 

ヨルゴス・ランティモス過去作品

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