砂ビルジャックレコード

カルチャーの住民になりたい

完璧なカセットテープの棚【PERFECT DAYS】

『PERFECT DAYS』を観た。


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制作時からちょこちょこニュースになっていた「ヴィム・ヴェンダース役所広司を主役に、渋谷のトイレを舞台にした映画を撮っている」という情報。一体どういう映画なんだ?とニュースを咀嚼できずにいたが、ようやくその完成品を観ることができた。それが『PERFECT DAYS』という作品だ。

 

主役の役所広司は渋谷区のトイレの清掃員・平山を演じている。彼が仕事をしている様子や休日の様子などを淡々に描いている。日常がただ繰り返されているストーリーなのだが、その日常に平山の周りの人物がドラマを持ってくる。

 

この平山という男がなかなか興味深い。寡黙な性格で、仕事はめちゃくちゃできる男。階段がきしむ押上の木造アパートに住んでいる。出勤時にはアパート横の自販機でコーヒー(BOSS!)を買い、お気に入りのカセットを再生しながら渋谷区の現場まで車で通勤をしている。昼休みには公園の石段に腰掛け、牛乳とサンドイッチでランチをして、フィルムカメラで木漏れ日を撮影する。仕事が終われば、浅草の飲み屋にくり出し一杯やって、銭湯に行って帰宅する。布団で横になって読書をしてから就寝。休日のルーティンも描かれている。

 

スマホを持たずに質素な暮らしをしていながらも、好きな音楽を愛し、街の風景や人々と戯れる平山の暮らしを観て、これが『PERFECT DAYS』なんだと憧れる。平山の休日の場面で流れるルー・リードの『Perfecr Day』なんか完璧の完璧みたいな瞬間だった。

 

ただ、憧れるんだけどどこかで心がもやっとしている。平山の後輩が「最近はアナログが流行ってるんだよ」というセリフがあったが、平山を今におけるカセットテープのような扱いで見てしまっている気がする。必要十分な幸せをいただく生活を送りたいけども、これ以上の発展は見込めない。平山は日常をカンストさせてしまった修行僧なのだ。

 

物語の後半で、平山と関係の深いある人物が登場することで、映画では描かれない平山の過去を感じ取ることが出来る。完璧な生活を送るにはそれまでに挫折や苦悩を味わう必要があり、完璧な生活を送るには、日常におけるあらゆる選択肢を永遠に決定する必要がある。平山の家には棚があり、そこにはみっちりとカセットテープの棚が並んでいる。きっとこれも彼が永遠に聞き遂げることを決めた音楽たちなんだろうと思うと、完璧な生活を送ることの覚悟が垣間見れて、少し怖くなった。

 

その分、彼の周りの人々からの刺激によって浮き出てくる平山のリアクションは微笑ましいし、ラストの平山の表情に胸が熱くなる。完全であり不完全である日常を愛したくなる。

 

この作品について語るヴィム・ヴェンダースのロングインタビューもとても興味深いので観てほしい。


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