『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』を観た。
インターネットの予約サイトを観ているときに「予約しますか?」の最終ページの「はい/いいえ」でだいぶ緊張する。本当にこのお店でいいのか、この時間でいいのか、とともに、このボタンを押すかどうかでその後の人生が変わる気がする。案外、人生を左右する選択肢ってこんな風にカジュアルに現れていて、この瞬間に「はいを選んだ私」「いいえを選んだ私」が生まれることになる。ちなみにこの文章を書いているのは「はいを選んだ私」の方である。もう一方の私はどんな人生を歩んでいるのだろうか。
そんなアナザーの自分のことを意識したくなる作品がある。今年のアカデミー賞を獲得した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』だ。通称エブエブ。主人公は中華系アメリカ人女性のエヴリン。コインランドリーを経営しているエヴリンは旧正月の準備で大忙し。新年に向けた準備だけでなく税金の問題、娘の問題、旦那の問題と様々な問題を抱える日々であった。
そんなあるとき税務署に行くと、突然旦那のウェイモンド(が覚醒したような目つきの男)から全世界の危機を告げられる。自分の住む世界でないマルチバースごとすべてジョブ・トゥパキという謎の悪が滅ぼそうとしているのだ。そんな最大級の危機にエヴリンが巻き込まれていくという話だ。
とにかく作中に出てくるキャラクターたちのアクの強さが癖になる。エブエブではバースジャンプというシステムが重要になってくる。これは、突飛な行動をすることで他の世界の自分が持っている能力を手に入れられるというものである。たとえば他の世界の自分が格闘家ならその戦闘力を獲得できる。この能力が平和な世界に住む穏やかな我々を器として繰り広げられるのだ。特に税務署員のおばちゃん、ディアドラの変化っぷりは最高だった。
いわゆる能力者バトル的な側面もある。カンフーをベースにした戦闘シーンも遊び心に溢れている。日常用品が武器となるのはとてもクリエイティブだし、コンプラ上、武器にしてはいけない"アイツ"を武器として使用するキャラクターもイカれていた。
そのクリエイティブは作中でふんだんに出てくるオマージュにも現れている。あの宇宙規模の親子喧嘩だったり、あのネズミが厨房で活躍する物語だったり、、これはオマージュではないのだけど、重要な場面で肩車をするシーンが出てきて、思わずサスペンダーをぱちんと鳴らしながらダイナミックなステップを踏みたくなってしまう瞬間もあった。偶然だと思うけど、肩車シーンがアツい映画はいい映画だ。
突飛な展開がじゃんじゃん続いて、ときについて行けない瞬間もあるんだけども、なぜか最後は自分ごとの話として考えたくなる。空気を入れたジェット風船を手から離したら、宇宙や多次元を縦横無尽に、右往左往に、暴走しながらも自分の足元にぽとりと落ちる不思議な作品であった。