一寸先はX(『神様メール』観たマン)

『神様メール』を観た。


映画『神様メール』予告編

 

ポップな世界観で、摩訶不思議なことが次々起こるファンタジーな映画であった。この世界を司っているのは、ブリュッセルにいる意地悪な神様。息子のJC(Jesus Christ)に見切りをつけて、専らPC(Personal Computer)で、僕らの人生を引っ掻き回す。意地悪だからしょうもないけどムカつく「法則」(=あるある)をガンガン生み出すのだが、こういう「生活あるある」が、洋画にもあるとなんだか人類って一緒だなあとホッとする。

 

その意地悪な神様の娘であるエアは父を困らせてやろうと、父の居ぬ間に全人類へ向けて余命を宣告したメールを一斉送信したものだからさあ大変!と物語が動き出すのである。全体的にほっこりとした世界観なのだが、プロローグのことを「創世記」というチャプターにしたり、エアが家出するチャプターを「出エジプト記」と名付けたり、細かい言葉遣いがニクい。

 

そしてエアは現世に降りて、新しい新約聖書を作るために、使徒を探しに行く。この映画だが、原題が「新・新約聖書」の意味があるそうだ。こういう言葉遊び、好きだ。「新」という字を付けて、いつまで経っても「新」しいままでいることは、なんだかずるくないだろうか。ニューヨークなんて、「New」を名乗ってから一体何年経つのだろうか。「新」も古くなるのである。新横浜、新大阪、ニューヨークよ、再開発などしているのであれば、そろそろ、新たな「新」をてめえの頭につけるべきではないだろうか。「新新横浜駅から新新幹線に乗って新新大阪駅へ。」もう、リニアで行けよ。

 

ニューヨークも良きタイミングで「ニューニューヨーク」になるべきだ。とてつもない街だからスーパーもつけてしまおう。「スーパーニューニューヨーク」だ。マセキ芸能社所属だ。となると、スーパーニュウニュウが解散して、再結成する場合は新しく、「ニュースーパーニュウニュウ」になるのだろうか。いや、「マラドーナ」がよりを戻して「スーパーマラドーナ」になったみたいなパターンもあるかもしれない。つまり、「スーパースーパーニュウニュウ」だ。「スーパー」と「ニュウ」の2ペアだ。

 

 

…なんで、自分はポーカーしてるんだ?さっきまで、映画の感想を書くつもりだったのに。ほんと、一寸先は何が起こるかわからない。ただ、それが面白いのだ。余命を知っていたら、時間を無駄にせず、きちっと映画の感想を書いていたはずだ。余命なんて知らない方が幸せなのだ。