砂ビルジャックレコード

カルチャーの住民になりたい

遅効性のホラー体験【オオカミの家】

『オオカミの家』を見た。


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エンタメや芸術において全く予想外の角度から刺激をくらうのが好きだ。もちろん好きなアーティストや俳優の出ている作品に触れて満足するのも楽しいが、全く知らない人物の全く知らない作品に心をグラグラされる喜びがある。(そしてその喜びは歳を重ねるほどに少なってくる)

 

『オオカミの家』がとにかくすごいぞというSNSの反響を見た。作品概要を見ると、あの『ミッドサマー』のアリ・アスターも絶賛だったらしい。心をグラグラされたい私はフットワークよく公開されている映画館に行った。その選択は大正解だった。

 

チリのクリストバル・レオンとホアキン・コシーニャの両名が監督のストップモーション映画だ。舞台はチリで、主人公であるマリアはドイツ人集落で暮らす。あるときマリアは飼っていた豚を逃してしまったために、会話禁止の罰を受ける。罰に耐えられずコミュニティから逃走をしたマリアがたどり着いたのは、とある小屋だった。そこには二匹の豚がいて、マリアはその豚と共同生活をはじめることになったが、じょじょに奇妙な出来事が起きはじめる。

 

ストップモーションではあるが、従来のフィギュアがパラパラ漫画のように動くというようなものだけでなく、ひとコマひとコマの情報量の微々たる変化がとてつもないのだ。現代人の脳では簡単に処理できない程のぬるぬるとした小さな変化が延々と続くし、壁の絵が動いたかと思えば、その壁の絵に影響された部屋の物が動いたり、2Dと3Dを行ったり来たりしながら不気味に話が進んでいくのだ。満員だった映画館は冷房がきちんと効いていて快適なのだけど、そのダークファンタジーな展開と見たこともない映像体験により、じっとり汗をかいていた。

 

この『オオカミの家』のインスピレーションの元になっているのは、チリに実際にあった「コロニア・ディグニダ」というイカれた集落だ。作中にもマリアの名前を呼ぶ謎の男(姿は登場しない)の声が何度も繰り返される。独特の「マリィ〜ア〜」というフレーズが鑑賞後もずっと脳内に残っているし、その謎の男に監視されているような感覚が私を包み込む。遅効性の恐怖体験は初めてだ。

 

ストーリー展開は明朗ではないものの、不思議で不気味な動きをする悪夢のような映像は一見の価値ありだ。私の中の上沼恵美子がレオンとコシーニャに対して『フアンです!!』と言っている。アリ・アスターの新作にも参加したみたいだし、独特のアニメーションで私の脳内をしっちゃかめっちゃかにしてほしい。