砂ビルジャックレコード

カルチャーの住民になりたい

ルノアールトライアングル

最近びっくりしたことがある。ルノアールが東京、神奈川、埼玉にしか存在しないということだ。神奈川と東京でしか生活をしてこなかった私は全国展開している喫茶店だと思っていたので、これはかなりショッキングな新事実だった。思い出してみれば、地方の主幹駅でルノアールを見た経験がない。

 

カフェではなく喫茶店で、それでいて清潔感のあるルノアールの落ち着いた店内が好きだ。ただ、一人あたりの単価が少し高いのでなかなか行きづらい。休憩したいけどドトールもスタバも人だらけで座ることがないというときの最終手段的な立ち位置で利用している。コーヒーの高さは席代だと自分に言い聞かせている。

 

しかし、これは庶民派を取り繕う一面もある。ルノアールしか行くところがないと決心したときにワクワクもしているのだ。その理由はただひとつ。アツアツの緑茶だ。

 

ルノアールへ行ったことない人に説明すると、ルノアールで飲み物を注文して、その飲み物を飲みきる手前ぐらいのタイミングで、サービスで湯呑みに入ったアツアツの緑茶を出してくれるのだ。(そして、緑茶を出すタイミングが抜群にいい)

 

会計前のテーブルには、お冷や、コーヒー(もしくはティーなど)、緑茶と3種類の飲み物が並ぶ。これを私はルノアールトライアングルと心の中で呼んでいる。アイスコーヒーを頼んでもアツアツの緑茶。そこが好きなんだよルノアール

 

この間も”やむを得ない”事情でルノアールに入店した。ブレンドコーヒーを注文したが、頭の片隅にはアツアツの緑茶が浮かんでいる。読書したり、スマホでダラダラしたりしつつ、コーヒーを味わう。時には他のテーブルの話に聞き耳を立てる。

 

コーヒーも冷めてきて、あと二口ぐらいで飲み干すところまできた。高鳴る鼓動。ただ、その感情を店員に悟られないのがマイルールだ。もう少し本を読み進めながら、その時を待つ。

 

だが、そろそろ来るだろうというタイミングになっても店員さんはやってこない。1時間ぐらい経てば緑茶サービスが来るはずなのに。途端に焦りだす。コーヒーも残り少ないので、手を付けていなかったお冷やをちびちび飲む。緑茶のことが気になって右手で開いている本は1ページも進んでいない。

 

店内は混んでいて、あと1〜2席で満席になる状況だ。もしかして忙しいから私のコーヒーの残り具合に気づいていないのではないか。ここで新たな葛藤が生まれる。店員さんに緑茶を求めてもいいのか問題だ。

 

あくまで緑茶は、ルノアールからのご厚意だ。こちらから緑茶を希望するなんて紳士協定違反だ。しかし、私が最終的にルノアールを選んだ決めては緑茶を飲みたいからであって、いやでも、建前上はコーヒーを飲みに来たお客さんだし、いやいや、コーヒーを飲んだ上のボーナスステージとして緑茶があるのだから、と頭の中でグルグルと回転が始まる。スマホで「ルノアール 緑茶 もらう方法」と調べても出てこない。

 

そうやって悩んでいるとテーブルに湯気を感じた。スマホから顔を上げると、後ろ姿の店員さん。目の前には渋い色をした湯呑みがドンと鎮座していた。ヒーローは遅れてやってくる。机の光りだすルノアールトライアングル。まるで私の心がすべて見透かされたようなドラマチックな結末に胸が、指先が、喉元が熱くなる。じっくりと緑茶を堪能した後、ポカポカになった体で、まだまだ寒い東京の街へ繰り出した。