砂ビルジャックレコード

カルチャーの住民になりたい

すぐ水浴びる(『君の名前で僕を呼んで』観たマン)

君の名前で僕を呼んで』を観た。

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夏が苦手である。というよりジメジメした気候が苦手であるといったほうが的確だ。しとしとと降り続く雨が止んだと思えば湿気と高温のマリアージュ。Tシャツ1枚で外に出られる嬉しさはあるが、どくにかかったように湿度によって歩くたびに少しずつ体力が奪われる。ミックスオレで適宜回復しなければやっていけん。どうしてこんなに東京の夏はむっつりなんだろうか。

 

それに比べて避暑地の夏はなんと気持ちよさそうなことか、もう映像を見ているだけで快適だ。(そして映像を見ているときにはクーラーが効いている。)からっとしてて夏とはこうあるべきだよねと僕の全細胞がうなずいている。この『君の名前で僕を呼んで』はそんなイタリアの避暑地が舞台になる。

 

避暑地でひと夏を過ごす大学教授一家の息子・エリオと、その教授の教え子・オリヴァーとのモラトリアム。まだ同性愛に寛容ではなかった1980年代の香りを残しながら甘酸っぱい物語が繰り広げられる。エリオは線の細い青年(にもみたない少年かもしれない)で、音楽に才能のあるタイプ。同世代の女の子とデートしたり、オリヴァーともデートしたり、多感に夏を過ごす。大きな修羅場は訪れず淡々と夏の中心で開放的に輝く姿が羨ましい。踊って、食べて、愛し合って、こんな夏、今まで過ごした頃あるのだろうか、俺。

 

いちばん羨ましく感じたのが、すぐ水浴びるシーンが連発しまくる瞬間だ。太陽が輝いているシーンが出てくれば、気づけば画面のうちの誰かが水浴びへ行っている。すぐ脱ぐやんけ。日が落ちたと思ったら夜の静けさで聞こえる波の音。二人だけの水面デート。でも、これって本来の夏の涼み方だ。開放的ー!くぁいほうてきー!!そう、僕らは、水辺に入るとき躊躇してしまう。スマホにイヤホンにウェアラブルバイス。あれ、これ防水だっけ?ってなってしまったら、もうおしまい。便利と引き換えに夏の楽しみの真髄から遠ざかっていたのだ。

 

じりじりとお互いの心を理解し合うエリオとオリヴァーの距離感が愛おしい。なんだか日本的な距離の詰め方だ。からっとしてるイタリアの気候の中でうごく生の感情がそれがとても切ない。モラトリアムのピークと終点はなぜこんなに美しいのだろう。