『コーダ あいのうた』を観た。
高校2年生のときに友達とカラオケに行っていた。特にやることはないけど、なんかしたい。そんなときにはカラオケだった。大声で歌うのが好きだった。春休みには平日を生かしてデイパックでがっつり9時〜20時まで引きこもりで歌う。別に歌はうまくはないんだけど、採点機能でまあまあの点数出しながら、特にタンバリンで盛り上げるなんてこともせず順々に歌って、たまにドリンクバー行っての11時間。ああいうときって自分しか知らない歌入れちゃうけど、思い切ってSMAP入れると盛り上がるんだよね。SMAP縛りに勝手になっちゃって、ダイナマイト入れて、Fly入れて、らいおんハートとか入れ出すんだ。今考えたらなんとも無意味で有意義な一日だった。勉強しろ、もしくは日中働け。
『コーダ あいのうた』の主人公であるルビーは歌うのが好きな女子高校生だ。冒頭のシーンでは家族の漁業を手伝いながら船の上でさわやかに歌い上げる。早朝から漁業をして、そのあとに学校で授業を受けるハードな生活を送る。その生活をしなければならない理由はルビーの家庭環境にあった。タイトルにもなっているコーダ=CODAは"Children Of Deaf Adults"の略なのだそう。ルビーの両親と兄が聴覚障害者であり、唯一ルビーだけが健聴者という家庭なのだ。ルビーは通訳者のような立ち位置で家族と社会をつなげている。
そんなルビーは高校で音楽の才能を見出される。音楽大学を目指そうとするが、音を知らない家族の理解を得られない。受験への練習をしなければならない、でも、家族も支えなければならない。夢と現実の間で苦悩する17歳のルビーを描いた作品だ。
このルビーを演じるエミリア・ジョーンズがとにかく素晴らしい!私はこの俳優がどんどん世界を圧巻していく未来が見える。劇中で歌う歌もめちゃくちゃ上手いし、おそらくかなり練習したであろう手話の演技もすごい。怖い、俺、この先が怖いよ。
ルビーが主人公の物語だが、それだけではない。この聴覚障害を持った家族にとっても成長の物語なのである。まず、キャラクター設定が最高だ。職人気質のお父ちゃんはお母ちゃんと今もラブラブ。お兄ちゃんも漁師らしく武闘派な一面もあるけどなんだか憎めない。マッチングアプリを家族に見せながらスワイプしているのは、変で微笑ましいけど思春期のルビーにしてみれば軽い地獄でもある。
そんな一家もルビーの人生の転機を前に、決断を迫られる。家族で唯一の健聴者がいなければ生活ができない、でも自分だけの都合で彼女の未来を閉ざすわけには行かない。ルビーは歌が好きだと言うけど、そもそも歌が上手いかどうか判断できない。聴覚障害者ならではの視点や感情がしっかりと伝わる表現になっていて、家族側にも感情移入できる演出は鳥肌モノだ。
高校生でもない、ましてや親世代でもない私だが、徐々に親世代に近づいているだけあって、両側の気持ちを想像しながら見ることができた。自分が高校生ぐらいの子供を持つ人生を経たならルビーの親たちへの感情がだんだんと強くなっていくのだろう。自分の見る年月によって感想が変わる映画がいい映画というが、『コーダ あいのうた』は間違いなく、自分の経験とともに見方が変わっていく映画だろう。タイムカプセルに埋めたい。
いつかもし子供が生まれたら、世界で2番目に好きだと話すと言っておきながら、タイムカプセルから、少し汚れた『コーダ』のDVDパッケージを取り出して、世界で1番好きな人と鑑賞会を開きたいものだ。