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架純、カニ食べ行こう(『アイアムアヒーロー』観たマン)

映画観たマン

アイアムアヒーロー』を観た。

 


「アイアムアヒーロー」予告

 

北海道の綺羅星どころか日本の綺羅星になった我らが洋ちゃんのゾンビ映画である。ゾンビという概念上、土葬文化国のものが鑑賞に耐えうるものであったが、いやいや火葬文化国も負けていない。この『アイアムアヒーロー』はしっかりと“日本でゾンビが発生したら”を再現した初めての映画ではないだろうか。ゾンビ邦画でいえばナンバーワン。ちなみにそれまでの1位は『東京ゾンビ』(私調べ)

 

アイアムアヒーロー』、『東京ゾンビ』とも、“噛まれて感染…?” “富士山”がひとつのキーワードとして出てくるのが面白い。『アイアムアヒーロー』では富士山に行けば感染を免れるという掲示板の書き込みを信じて英雄(大泉洋)と、偶然タクシーの相乗りをした比呂美(有村架純)は富士山を目指す。その途中で、すでに赤ちゃんに噛まれていた比呂美は“半分ゾンビ”という状態になり、ゾンビとして覚醒モードがたまに発生するのだが、半分ゾンビという状態でも、かわいく見えてしまう有村架純とは何者なのか。るんるん気分で死体の首をもぎとる架純。1泊2日の温泉旅行に2人で行って、晩ごはんに出てきたカニをワクワクしながらほぐす彼女にしか見えない。架純。好きだ。北陸の宿に泊まろう。

 

28日後...』的なディストピア感溢れる映像や、人間の醜さが描かれる展開は自分の好みだし、もちろん、みんな大好きショッピングセンターでの大パニックがありがたい。(そして、ショッピングカートで運ばれる架純もありがたい)そして、英雄の堂々たる主人公っぷり。実写版でウソップをやってもらいたいなら洋ちゃんみたいな潜在的な国民の意見があるかと思うけども、それを実現しているかのようだ。(漫画原作の映画を漫画で表現するのはどうかと思うけど)弱者が自分自身の心の弱さと戦い、勇気を溜めて、唯一の突破口を武器に大逆転する。その爽快感がたまらない。

 

この映画では、ゾンビは“ZQN”(=過去の記憶に囚われたゾンビ)として描かれている。サラリーマンのゾンビなら、ひたすら謝りながら、タクシー運転手のゾンビなら優良ドライバー表彰を受けたことを自慢しながら人間を襲う。その狂いっぷりに笑ってしまうが、なんだか妙なリアリティーを感じるのは何故だろうか。

 

もしも、私がZQNになったら、どんな過去の記憶に縛られて、人間どもを襲うのだろうか。小さいころにひたすらなぞなぞを出題していた記憶?高校生時代にキラキラした同級生に対してひねくれた記憶?それとも、休日のようにずっと部屋に引きこもっている?害を与えない程度のZQNであれば、できれば生かして欲しいんだけども、「架純!カニ食べ行こう!」とかほざいてあなたのことを襲いにきたら、躊躇せずに顔面を粉砕して欲しい。この文章を見てるみんなへのお願いです。