砂ビルジャックレコード

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はをなおしにいかないとね

1年前から歯列矯正をやっている。虫歯が見つかったのをきっかけに、今後数十年生活する中で歯並びを揃えたほうが何かといいという歯科医のアドバイスを受けたのがきっかけだ。インビザラインという手法で歯列矯正を行っている。これは、歯型をとり、自分専用のマウスピースを作って、1週ごとに取り替えながら徐々に歯列を整えていくものだ。

 

このマウスピースだが、なかなか一筋縄ではいかない。計画通りに歯列が動くとは限らず、ときには再度歯型を取って、マウスピースを作り直すこともある。すでに何度か作り変えたことがあるのだが、この瞬間がまあまあ恥ずかしかったりする。

 

歯医者さんのイスに座り、例のリクライニング機能により、天井を見上げる姿勢となる。歯型をとるために、どろっとしたガムのようなものを口に入れられる。このガムのようなものは時間が経てば、固まって歯型になるという仕組みだ。この液体が固まるまでの数分間も大変で、しっかり鼻呼吸しなければならない。たまに、その液体が喉の方に垂れてくると、非常にむせたくなるが、じっと我慢する。でも我慢できなくて涙目でむせる。歯科衛生士さんにむせるところを観られる。少ししょんぼりする。

 

マスクで目元だけ見えている女性の歯科衛生士さんのことを意識してしまうのはなぜだろう。この感覚は子供の時から変わっていない。力強い目元にドキドキしてしまうし、そのマスクに隠された鼻や口はどんなかたちをしているのだろうか。結局、その答えは明かされないのだが、施術時に身動きが取れない私にとって、ひとつの時間つぶしのテーマになっている。

 

歯型取りは終わったが、ここからもっと恥ずかしくなる。口内を写真で撮るのだ。その際、歯科衛生士から私に、口を広げるための器具を2つ渡される。それはプラスチックで先端が少し曲がっている。その曲がったフックのようなところに口の両端を引っ掛けて、自らの手でイーと横に広げる。

 

両手の自由も奪われ、防御力ゼロになった私の口内をパシャパシャとiPhoneで撮り出す歯科衛生士さん。すげえなiPhone。歯科医業界でも大活躍かよ。歯を揃えたら、キレイに歯型をその林檎につけてやりたいよ。

 

歯列矯正のためとはいえ、自分を客観視してしまう癖があるから、どうしてもこの状況が恥ずかしくて仕方ない。いともたやすく行われる歪な歯列を記録される行為に為す術もない。

 

そのとき唯一自由に動かされる両眼が、あるものを捉えた。口内写真を撮影しているiPhoneの本体とケースの間にある2ショットのプリントシールが挟まっているのだ。なんとなくその2ショットの片割れに見覚えがある。え、このiPhoneってクリニックで契約しているやつじゃなくて、この歯科衛生士さん個人のやつなの?恥ずかしさは薄れ、疑問が湧き出る。

 

眼球を必死に動かして、確定作業に移る。間違いない、この歯科衛生士さん本人が仲の良い友人と旅行に行ったときに撮ったであろうプライベートフォトだ。こんな口内丸出しの状況で、歯科衛生士さんのマスクの奥の素顔を突然知ってしまったことにドキドキしていた。むりやり心を落ち着かせる。そっか、こちらが口を公開したから、向こうも顔を公開してくれたのか、というエセ心理学を発明して自分で自分を納得させていた。

 

新しいマウスピースができるのは約1ヶ月後。その歯科に、歯科衛生士さんと会うのに緊張するんだろうな。いつか揃った歯で笑顔を見せれるその日までの関係だけど。

 

歯

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