砂ビルジャックレコード

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ふりむかないことさ【X】

『X』を見た。


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数学の授業で習うXの書き方が少し好きだった。直線を交わらせるのでなく、くりっとした半円の曲線の丸い部分同士をくっつけたX。直線Xよりも壁にくっつきやすそうな曲線X。そういえば、数学の授業を受けなくなった大学生以降、曲線Xというものを書いていない。日常生活でなかなか連立方程式だったり関数を使うことも無いから曲線Xが遠くなっていく。手元にあるのは直線Xだけだ。曲線Xって学生だけに許された暗号だったのかもしれない。

 

『X』はみんな大好きな配給会社A24の作品。1979年のテキサスが舞台だ。自主映画(といってもポルノ)を撮ろうと、3組の若いカップルがとある農場の小屋を借りる。だけども、その小屋の管理人は老夫婦で、どうやらその老夫婦の様子がおかしい、、、と、いかにもホラーあるあるな展開。これだけ準備がお膳立てされているのだから期待せずにはいられない。

 

物語の冒頭は不穏な空気が流れつつも、撮影隊がダラダラ旅行気分で撮影をしている感じが最高に退屈だ。徐々に老夫婦が若者たちに忍び寄る。そして、ある老婆の行動をきっかけにクライマックスがスタート。そこからの展開に思わずゲラゲラ笑ってしまった。一気にラストまで駆け抜けていくから振り向くことなどできない。ところどころ名作ホラー映画のオマージュがある点も見逃せない。

 

それでいて、この若者たちを翻弄する老夫婦のキャラクターがとっても魅力的だ。戦争帰りのお爺さんに、そのお爺さんをとっても愛しているお婆さん。この二人の関係性や秘密も作中徐々に明らかになっていく。特にお婆さんが不思議とチャーミングに見えてくる。そのあとの豹変を期待しているのに。お婆さんのとある感情に、ななまがりのおばあちゃんのコントを思い出した。『X』を見た人は「ななまがり おばあちゃん」で検索してほしい。『Xのおばあちゃん!!』となること間違いなし。

 

作品のテーマとして「若さ」が挙げられると思う。まだまだ若いことをしたいけど、なかなか満たされない老夫婦のもとに若さたっぷりの6人組が現れた。その若さを逆恨みしたとも思える用意周到な老夫婦の立ち回りと、見事な"ホラー耐性"ゼロの若者たちの構図が最高だ。若者たちのうちフェロモン爆発しているマリリン・モンローみたいなやつが言う「セックスは若いうちにしかできないのよ」というセリフがざわざわと心のなかに残っている。

 

「『今日』は人生の中で最も若い一日」とか言うけど、通り過ぎた若さをいつまでも羨ましがっても何も起こらない。ふりむかずに今ある若さで存分に楽しんだほうが良いという不思議な教訓を得た映画でもあった。

 

それは点Pのように【リコリス・ピザ】

リコリス・ピザ』を観た。


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青春が遠くなってきた。青春が遠くなるほどに、青春を求めてしまう。大人になって1日のサイクルも決まると、きゅんきゅんが少なくなる。生活で摂取できないからサプリメントみたいに、きゅんきゅんを外側から摂取する。ピザなのだけれど。

 

リコリス・ピザ』はピザ屋の話ではない。でも、「リコリス・ピザ」というレコード店は実際に1970年代のアメリカに存在したらしい。そのレコード店が存在したハリウッド近郊の街が舞台の映画だ。高校のアルバム撮影アシスタントを務めるアラナは仕事中に、高校生のゲイリーに熱烈アプローチを受ける。10歳以上離れた社会人と高校生の恋愛模様はとにかくエネルギッシュなのにプラトニック。

 

とにかく突き進む子供のようなアラナと、大人びた感覚の持ち主だけど恋愛になると所詮高校生のゲイリーは、ベストマッチのようでチグハグ。運命の淵を移動し続ける点Pと点Qのように決して、一筋縄で交わらない。でも、恋路を見守る観客は、お互いが運命の人だと勘付きながら、そのプラトニックな展開にきゅんきゅんしたりモヤモヤしたりする。1970年代のアメリカの時代の流れに合わせて、計算できない展開が続く。作中に出てくるウォーターベッドが非常に気持ちよさそう。

 

そして、彼らの恋路のアクセントにある脇役陣のクセがえげつない。性欲の強さが顔に出るほど女の子大好きで、かつヒステリックな映画プロデューサーを演じるブラッドリー・クーパーとのパートは、一瞬見てられないほど胸が痛くなるし、ショーン・ペントム・ウェイツの魔法的な夜のシーンでは、あるクライマックスの後のアラナとゲイリーのシーンに胸を打たれる。狂乱的な70年代に狂乱的に恋をした二人は最後どうなるのか、きゅんきゅんに飢えている人にこそ見てもらいたい。気持ちが満たされたあとで聞く『リコリス・ピザ』のプレイリストがまたいい心の栄養になるのだよ。

 

 

 

ヒゲとトシとサチ

朝、仕事への出発前に鏡に向かってシェーバーでヒゲを剃る。寝ぼけながらも違和感に気づく。アゴのところに1本だけ剃れないヒゲがある。シェーバーの穴に意識して入れようとしたんだけど全く剃れない。これは点ではなく面で剃らなくてはと、わざわざ洗面所の収納の奥から新品のカミソリの封を開けて剃ってみるが、全く剃れていない。雑草のように伸びる1本のヒゲ。そのヒゲの前後を何往復もしているのだけど、事態は改善しない。え、もしかしてトリックアートなの?結局、外出時はマスクするから目立たないと思いあきらめた。顔の肌が弱いのでアゴがボロボロになった。剃り負けというか連敗もいいところだ。がんばったで賞みたいに乳液を塗ってごまかす。

 

夜、仕事が終わって帰宅する。駅から家までの途中にコンビニがあるんだけど、その入り口近くにポツンと人が座っていた。そのコンビニに近づくと、その人は若い女性だった。入り口の段差に一人たたずむ、その若い女性はショートカットでダボッとした服を着ている。ヘッドホンを装着して、スマホで何かの動画を見ているようだ。スマホの光が、その若い女性の顔が照らしていた。線香花火の終わりをじっと待つような光加減で照らされたその顔に、ふいにドキドキする。

 

座る女性を見て、あるコントを思い出す。笑う犬の生活でやっていた「トシとサチ」というコントだ。夜の梅屋敷のとある自動販売機の前で若者がだべるというコントで、このサチを思い出した。となると、私に与えられたポジションはトシとなる。トシはロン毛の青年で、サチにぞっこん。でもサチは、トシの先輩の本宮さんのことが気になっている。本宮さんは電話に出るとき「誰だ!」と強く聞く。

 

自分はロン毛ではないけど、ロクにトリートメントもしていないイマジナリーロン毛をかきあげながらサチの前をゆっくり通り過ぎてコンビニに入る。特にコンビニで買うものはなかったけど、気持ちを落ち着かせたかった。お菓子コーナーで新商品を見たり、アイスの季節限定フレーバーを見つけて夏を再確認したり、ゆっくりと店内を1周して店を出ると、もうそのサチはいなかった。家に帰って、シャワーを浴びる。浴室を出て髪を乾かしながら(このときにイマジナリーロン毛のことは忘れている)、鏡を見ると、朝、気になっていた1本のヒゲがなくなっていた。本当に錯覚だったのだろうか。お風呂上がりの乳液はしっかり塗った。

 

ちなみにコントの中のサチはパンが好きだった。一個でもパンを買っていれば、コンビニを出ても、彼女はずっと座っていたままだったのだろうか。サチを見かけてから1週間経つけど、何度コンビニの前を通り過ぎても、あの夏の夜のきらめきには遭遇していない。なんとなくあの女性が蜃気楼だったらいいのにと思った。