砂ビルジャックレコード

カルチャーの住民になりたい

煙浴

「煙浴」という言葉を初めて知った。文字通り煙を浴びるという言葉だが、これはカラスなどの鳥類に見られる虫除けを目的とした行動のことで、例えば銭湯の煙突の上に群がっているカラスがいたとしたら、それは煙浴の最中らしい。といっても、最近は銭湯自体を見かけないものだから、この伝聞のあるあるは、かなり珍しいものになったのではないかと推測する。

 

なんとなく、このカラスの「煙浴」という行動に、親近感を覚えるのは私だけだろうか。自分自身は非喫煙者なのだが、友人や恋人がタバコを吸っている姿が好きだったりする。例えば居酒屋で、喫煙スペースで、好きな人達の煙に燻されながら、緩んだ会話している瞬間が幸せなのだ。(不思議なもので、全く赤の他人の煙には、嫌悪感を示してしまう)

 

この嗜好について、きっと前世は鮭か何かで、おしゃれに桜のチップでスモークサーモンにされた名残だと分析してたんだけど、撤回する。どうやら私の前世はカラスのようだ。この燻されたい衝動の正体は煙浴だったのだ。残念ながら現世では人間なので、銭湯の煙突から流れる煙まで浴びるスキルは失ってしまったが、代わりにとても心地の良い煙にまみれることができた。

 

ただ、煙浴はときに寂しい。特に大人数での飲み会から帰宅した後だ。無臭の我が部屋に、さっきまでのタバコのにおいが充満しだす。多数と孤独、喧騒と無音、さっきまでの世界と真反対の空間に来たような錯覚で、お酒の力も手伝ってか、ぐっと泣きたくなる。タバコのにおいがついた衣服を脱いで、すぐに風呂に入る。少し酔いが冷めた風呂上がりに、セミの抜け殻を愛でるように、さっきまで着ていた衣服の残り香を嗅ぐ。楽しい時間を過ごした過去の私に思いを馳せながら、翌朝に目覚めたら、ちゃんと消臭スプレーかけなきゃなと誓って眠りにつく。

 

最近は、こういうご時世もあって煙浴をしていない日々が続いている。空をさまようカラスをみかけると、少なくなった銭湯の煙突を探しているのか、気がかりになる。