砂ビルジャックレコード

カルチャーの住民になりたい

我らは、一生と実日子(『シン・ゴジラ』観たマン)

シン・ゴジラ』を観た。4DXで。

 


『シン・ゴジラ』予告2

 

夏真っ盛りに今年一番の邦画話題作をぶちこんできました。どうせ見るなら4DXで見てやろう!と高めに払って挑んだのですよ!!

 

私自身こういうゴジラをはじめとする特撮大怪獣映画に対する知識が全く無い中でフラットな脳内での鑑賞体験。あ、『大怪獣モノ』最近見たけども。しかし、冒頭の東宝のロゴ“2連発”で、この映画には明らかに文脈が練りこまれていることに気づく。あー特撮サブカル野郎の血を今すぐ飲みたかった。

 

しかし、そんな知識がなくてもグイグイと引き込まれる展開。あわあわする内閣の様子なんて、5年前から生きている日本人からしたら、容易にあの瞬間と重ねあわせたのではないか。そして、2時間映画とは思えない膨大な情報量、および細部までこだわったリアリティー。未確認巨大生物が東京に上陸したら…というifを濾して濾して濾したシナリオに頭をフル回転させて、ついていく。

 

細部がすごすぎるが故の代償か、漢文みたいな肩書のやつらのセリフが次から次へと飛んで行く。登場全員総古舘伊知郎化。目の前では、ゴジラがうちの近くまで来てるし、席は揺れるし、難しい熟語がTOEFLのリスニング並に耳を通りすぎてまあまあのパニック。しかしその体験こそが面白い。

 

4DXシステムもえげつない。映画野郎にとって最高の遊び場ではないだろうか!揺れるし、風が吹くし、海上からゴジラ来たらミストプッシャー!もうびしょぬれになっていいからもっとゴジラ水遊びしてくれよ。

 

イメージとして、こういう怪獣上陸モノにおいて、我々は主要人物に対して投影できない。というのは、我々は逃げ惑う一般市民であり、避難者として描かれるからだ。しかし、この『シン・ゴジラ』では見にきた8割の”俺たち”が、対策本部のメンバーである安田を演じる高橋一生か、尾頭を演じる市川実日子に自分を投影したのではないだろうか。どこか社会になじめない感じ。でも、隠した信念を持つギークなキャラクターに惹かれ、自分と重ね合わせる。情報を簡単に共有でき、みんなで考えることができる時代だからこそ、そういう思いが出てきたのかもしれない。もう逃げ惑うだけの俺たちじゃない。ゴジラを攻略する側になったのだ。そう思うだけでも充分に爽快だ。

 

と、そういう都合をつけて高橋一生になろうとしている私のことは見逃して欲しい。見逃してくれる市川実日子さんの皆さん、お待ちしております。

 

世界の終わりは報道された

とうとう年内に世界が終わることが報道された。昨日の深夜、あまりにもあっけなくWebニュースに掲載されたので、私の心はふわふわしていたし、現実と夢がポイント故障を起こしたものだと信じていたが、今朝の様子を見ると現実に起きることだとようやく理解した。

 

生まれた頃からSMAPが染み付いている私世代にとって、今回のニュースは、自分の大切な一部が引き剥がされるような痛みだ。SMAPのかけらが自分の血や骨の元になっていたのだから、それがなくなると宣告された今、何をしたらいいのだろうか。

 

Webニュースに、大量にアップされる解散のニュースをどうしても見てしまう自分がいる。まずは、解散するという事実のみをゆっくり受け入れるべきなのに、その周りにある不確かな雑音も拾ってしまおうとする自分が醜い。そんなことどうでもいい。

 

もしかしたら、その瞬間に空が赤くなるのではないか?もしかしたら、地球から重力が消えるのではないか?そんなことが起きても全く驚かない。2017年1月1日、ぼくらはSMAPのいない現実に放り出される。ただ、そのことを想像すると、とても怖い。

 

 

二階堂

あなたは一度でも、二階堂ふみの白目になりたいと思ったことはありますか?私は白目になりたいと思いつづけて三年目になりました。英語の時制なら現在完了形です。そんな二階堂ふみに関する短歌でとんでもない作品が生まれたのです。

 

二階堂ふみと四階堂ふみふみと六階堂ふみふみふみ/木下龍也

 

ずるい。この短歌ずるいよ、木下さん。二階堂ふみという固有名詞の絶妙な遊び方。こんなん絶対二階堂ふみの白目に届くじゃん。白目側になって、視細胞になって受信したいじゃん。そして、この二階堂ふみ短歌におけるマスターピースが早々に生まれたことによって、この世に2つと二階堂ふみを用いた傑作短歌が生まれないことが確定した。

 

ならば、私は何をしよう。そうだ、雰囲気をパクってしまえ。

 

葵つかさと赤井つかさとライト・ゴールデンロッド・イエローつかさ/タカノリ・タカノ

 

ああクオリティの差。アイデアの乏しさ。まず、葵つかさの白目にはなることは出来ないだろう。二匹目のどじょう、もとい、二匹目の二階堂を狙ったところで、あっという間に四階堂になるはずがない。二階堂はそうそう二倍堂にならないのだ。


っていうか二階堂が、「ふみ」で、四階堂が「ふみふみ」ならば、「ふみふみふみ」が八階堂である可能性も否定はできない。X階堂Yは、累乗である。その辺の式の出し方は数学ができる人、お願いします。X階堂Yってかっこいいね。


…ということを考えている間に本当の二階堂ふみは、菅田将暉と古着を買っているんだ。二階堂ふみ菅田将暉にしか着ることの出来ない古着。菅田将暉が着てそうな古着を着てイキっている若者をあちらこちらで見る。お前らのための古着じゃない。2人のために古着はあるの。そんなもんだよね。似合わない俺らはグラブってようぜ。

 

ああ、菅田将暉のことが好きで、ちゃんと「菅田将暉」と漢字で書けるすべての女性に祝福を。