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『ブルックリン』観たマン

『ブルックリン』を観た。

 


映画『ブルックリン』予告編

 

1950年代のアイルランドとアメリカの2つの国で繰り広げられる、ある女性の生き様を描いた傑作。この映画に登場する女性たちはなんとたくましいことだろう。アメリカへ向かう船の中、主人公のエイリシュは慣れない船旅にダウンしてしまう。その、エイリシュを助けるのが相部屋の女性である。劣悪な環境な船旅での生き抜く術、アメリカで戦う術をエイリシュに伝えるのだ。

 

また、エイリシュが世話になるブルックリンの女子寮でのシーンも女のたくましさが感じ取れるし、なおかつほっこりしてたまらない。女子たちによる食事のシーンはいじめ的な展開はなくて、仲良いからこその毒舌。寮の管理人であるおばさんがしっかり、会話にツッコんでたり、その場をコントロールしているし、寮に住む彼女たちが着ている服もカラフルだし、見方によっては、笑点を連想させる。彼女たちが毒を吐き合っているのに誰も傷つかないし、むしろ、同じ寮の生活者として、エイリシュの恋愛を応援するシーンもある、見ている我々も楽しいとか素敵な世界だ。これはもう笑点しかない。ブルックリンの女子寮は後楽園ホールだったのだ。

 

さて、このブルックリンの幹となるのは、アイルランド(=故郷)とブルックリン(=新天地)との狭間に揺れるエイリシュの心情であろう。あるきっかけで、ブルックリンから故郷のアイルランドに戻るのだが、そのアイルランドでの描写がなかなか興味深かった。

 

アイルランドの著名な作家、ジェイムス・ジョイスが1914年に執筆した「ダブリン市民たち」という短編集がある。ダブリン市民たちを通じてアイルランドの街に蔓延る「無気力さ」「精神的麻痺=(paralysis)」を冷静に描写した作品である。この「ブルックリン」でも、アイルランドパートでの、故郷の人々の考え方などは、まさしく「精神的麻痺」が根付いているような描写なのである。代謝が止まっているムラ社会とでも言おうか。私は、ブルックリンから故郷へ戻ってきたパートで、故郷の人々に対してエイリシュがあるセリフを発するのだが、その瞬間にシビレた。それこそアイルランドの「精神的麻痺」が存分に感じられる瞬間である。

 

その「ダブリン市民たち」には、「エヴリン」という題の短編がある。エヴリンという少女は、水夫と恋に落ち、ブエノスアイレスでの新生活を決意する。しかし、出航間際になって、その水夫と船に乗ることを拒み、アイルランドに滞ることを選ぶという話だ。「ブルックリン」を観ながら、この「エヴリン」の話を思い出していた。果たしてエイリシュは、再びアイルランドを“脱出”するのか、それとも、エヴリンのように“麻痺”してしまうのだろうか。アイルランドとブルックリンの人々の考え方を対比しながら見ることをオススメする。