砂ビルジャックレコード

カルチャーの住民になりたい

せつないぜリー・リー・リー(『マンチェスター・バイ・ザ・シー』観たマン)

マンチェスター・バイ・ザ・シー』を観た。

 


アカデミー主演男優賞受賞『マンチェスター・バイ・ザ・シー』予告編

 

マンチェスターというと、イギリスの都市を想像してしまうが、題となっている「マンチェスター・バイ・ザ・シー」というのはアメリカのボストンに近い町の名前である。バイ・ザ・シーまでがひとつの名前なのである。ちなみにボストンやマンチェスター・バイ・ザ・シーと同緯度の日本の都市というと室蘭らしい。室蘭・バイ・ザ・シー。やきとり食べに行きたい。

 

この映画の物語の主人公は2人いる。ボストンで便利屋を勤めるリーと、マンチェスター・バイ・ザ・シー(もうMBTSに略す)に住む高校生のパトリックだ。彼らは叔父と甥の関係なのだが、リーにとっての兄、パトリックにとっての父親であるジョーの死とその遺言によって、2人の運命は急接近する。

 

それで、このリーという男が泣かせるわけですよ。哀愁漂うリー。不器用さ丸出しのリー。辛い過去を抱えながら細々と生きるリー。その“辛い過去”がある場面で明らかになるときの心が締め付けられる感じ。その過去に共感することはできないけども、彼の生き方に同情してしまう。その過去を払拭できずに生きているリーが本当に切ない。

 

パトリックは、リア充高校生(つまりムカつく)んだけども、多感な時期に大好きな父親を亡くしているわけで。そして、自分の人生が叔父さんに委ねられているわけですよ。不安定な感情にも心が締め付けられる。でも、あんなに女の子と遊びやがって。許さねえ。決して穏やかな人生でない2人が、一生懸命生きる姿にジーンと来る。

 

その人間ドラマを見守るようなMBTSの街並みが美しい。ゆっくりと時間が流れていくこの街で人生の分岐点が来たことは幸せなことなんだと思う。アメリカ的な継承の物語でもあり、2人の再出発の物語でもある。私はこの映画を観て文学したいので、既に観た方はご意見・ご感想お寄せくださいませ。文学しよう!

 

博多・長崎たびの記録12(終)

長崎最終日。そしてこの、九州旅行の最後の一日。いつものように(といっても3日連続程度だが)、ホテルの朝食ビュッフェでスムージーを流し込みながら、目を覚ます。

 

早々にチェックアウトをして、長崎駅方面へ。まだ周っていないスポットめぐりが最終日のプランだ。昼食のことをダラダラと考えつつ、駅の近くを散策していると気になるカレー屋さんを見つけたので迷わずイン。本当は別のトルコライスへ行くつもりだったけど、明らかに外観が美味しそうだったので、その長年の勘を信じることにした。

 

結果から言えば、さすが俺。

 

https://www.instagram.com/p/BTsgYLtjdZ0/

ふと見つけたカレー屋さんの外観を信じて食べてみたらめちゃくちゃ旨かったあああ 長崎大好き度が急上昇 #curry #chickenkorma #チキンコルマ2 #マドゥバニ #カレー大好きマン

 

駅前にあるマドゥバニというカウンターしかないお店の「チキンコルマ2」である。料理名にバージョンがついていることは衝撃的だったが、さすが2。やわらかくほどけた鶏肉から溢れ出すスパイスの旨みよ。汗腺を全開にしながら平らげた。バージョン2界隈でいえば、これは関口宏東京フレンドパークⅡ以来の革命ではないでしょうか。

 

近くのコンビニでアイスを買って、チキンコルマ2の辛さを癒やしつつ、今度は長崎平和公園へ。思わずジェスチャーをしたくなる平和祈念像を見る。公園中で聞こえる水のせせらぎに、凪のような気持ちになる。

 

そのまま徒歩でずんずん進み、今度は浦上教会へ。頭部しか無い被爆のマリアを見る。痛々しい顔で現在までその悲惨さを伝えるマリアは黒い涙を流していて、私の心は痛めつけられる。教会内の資料に載っていた短歌に目が行く。頭のなかで朝焼けの光と教会の鐘の音が層になって長崎の街に広がっていく場面が再生されていく。

 

新しき朝の光のさしそむる荒野に響け長崎の鐘永井隆

 

旅行に来たと思われるギャル3人組が、セルカ棒持って浦上教会の中に入っていきましたが、教会内撮影禁止ということを知って、すぐ出てきたのはなんか面白かったです。

 

 

もう少しだけ、時間があったので、今度は山王神社というところへ。福岡のバーで、聞き込みをしたときに長崎情報として教えてくれた場所だ。ここには原爆で片側が失われた鳥居がある。

 

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無理に飾られることなく階段を見上げれば突然その鳥居が現れる。近くには壊れてなくなってしまった鳥居の欠片も置いてあった。被爆のマリアや、一本足鳥居みたいなシンボルが、この街の歴史を無言で告げてくる。この過去の上に、僕はいるわけで、色々な文化が混じり合って平和な今を幸せに思う。

 

その山王神社に猫がいたので共有します。猫とか全然興味ないのに、 東京の生活で出たことのない感情があらわれている。

https://www.instagram.com/p/BTsyTkKjj1_/

世界一かわいい動物、神社をウロウロしてる猫説 #cat #catsagram #説立証

 

足もパンパンだし、帰りの便も近づいてきたので長崎駅から空港へ脱出。おみやげをいくつか買って、飛行機へ乗り込む。機内で少し寝ていたら、あっという間に外の光がにぎやかになってきた。羽田に着陸しそうなときに、ふと、小沢健二の「流動体について」が脳内に流れる。そういえば、この曲を聞いてから飛行機にのるのは初めてだった。

 

羽田沖 街の灯が揺れる 
東京に着くことが告げられると
甘美な曲が流れ
僕たちはしばし窓の外を見る

 

歌詞のとおりに、甘美な曲を聞きながら、ヘモグロビンのように街脈をながれる光たちを眺める。到着音を”甘美な曲”として認識して聞くだけで自分が高等な生き物になったみたいだ。名もなきものを、文句なしの名称で名付ける人って本当に天才だ。徐々に光が、見たことある街に変わりゆくのがなんだか惜しい。

 

と、最後はオザケンへの感動で終わってしまいましたが、九州旅行のお話はこれまで。思ったより長くなってしまいましたが、お付き合い頂き(お付き合いいただいた方がいたら)ありがとうございました。

 

また、旅に行くときにでも書きますね。

 

CANのジャケットのモンスターみたいのが現れて息苦しい東京壊しちゃえばいい(『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』観たマン)

映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』を観た。


『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』予告編

 

原作を映画化した作品は数多い。小説やエッセイなどが主なものだが、この作品は詩が元になって作られているところが面白い。私は大変申し訳無いが、原作を読んでいない。おそらく原作の言葉を用いたセリフもあった。詩の生み出す余白を、どう映像で表現するのが、どうドラマにするのか大変興味を持ったのでこっそりと観た。

 

主人公は石橋静河池松壮亮。登場人物のほとんどが窮屈な都会で窮屈な生活をしている者たちだ。パンケーキマストバイなんて単語は登場せず、生き延びるために彼らは働き、わずかな余暇を楽しむ。そんな描写に共感しつつも、どこか見下している自分がいる。

 

池松壮亮が、日雇い労働者を演じているのだがこれがたまらなくいい!この日雇い労働者の群れを演じる池松壮亮松田龍平田中哲司の3人は、日雇い労働者の配役として最高クラスなのではないでしょうか。ブルーカラー三羽烏

 

東京で生活するものとして、 息苦しさは毎日感じるものだ。息苦しくなって、視界がだんだんと狭くなる。都会が生み出す悪循環。劇中にも出てくる格安居酒屋のシーンも喧騒喧騒喧騒で、観てて頭が痛くなりそうだった。ただ、そのなかで心がストンと落ちる瞬間にニヤッとした。みんな息苦しいんだよ。心を大きくして共感していこう。

 

そんな、東京の若者の群青色の日々を描いたこの作品のラストに流れるのがThe Mirrazの「NEW WORLD」なのがずるい。あの疾走感あふれるロックナンバーを、自分が映画監督だったらエンドロールに流したいと思っていたのに。。。こうなったら、本多猪四郎が生き返るような怪獣映画作って、Mirrazの曲使ってやんよ!エンディングは「CANのジャケットのモンスターみたいのが現れて世界壊しちゃえばいい」で、館内中がわちゃわちゃと騒ぎ出す。そんな映画鑑賞スタイルもありでしょ。