砂ビルジャックレコード

カルチャーの住民になりたい

猫もチェックもスパイも【アーガイル】

『アーガイル』を観た。


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チェックにいろいろな名前があることを知ったのは、おしゃれに気を使い始めた中高生ぐらいのときだろうか。ギンガムチェックにタイタンチェック、たしか中高生の時はバッファローチェックが流行ってた気がする。そして、菱形が交差するような模様のアーガイルチェック。菱形かどうかは知らないけどどこか品の良い感じがする。

『アーガイル』はスパイ映画だ。スパイは任務をこなす実力も必要だが、品性も求められる。この映画のキーワードは「一流のスパイは世界を騙す」。敵に気づかれずに遂行するならこれぐらいやってもらわなきゃ困る。

主人公は「アーガイル」というスパイ小説を書くエリー。彼女の書く小説の内容が実際の事件とリンクしていることが話題になったりする人気作家だ。母親に会いに行くために列車に乗り込むとエリーのファンを名乗る謎の男から、命を狙われていると忠告をされる。その忠告は当たり、そのファンが撃退する。何がなんだかわからず困難から逃げるエリー。

実はそのファンは凄腕スパイだったのだ。だけども想像する品の良いスパイに見えないただのおじさんだ。エリーはそのスパイからある事件に対する謎を解き明かすよう依頼を受ける。そんな見た目が冴えない凄腕スパイと、もはや未来を予知しているかのような物語を紡ぐ天才スパイ作家がバディを組んで、実際の難事件の真相を暴くという話…

このあらすじだけで面白そうなのに、そう簡単に安心させないのが俺達のマシュー・ヴォーン先輩だ。物語が進む中で、ある事実が明らかになった瞬間、この映画の見方がガラッと変わる。

個人的にはクライマックスで行われる、あるスポーツの動きを駆使した敵との戦闘シーンで大爆笑してしまった。アイデアも突飛だし、それを映像やストーリー、細かいアクションまで落とし込む過程を想像しだしたら倍面白く感じてきた。あのシーンだけ繰り返してみたいし、オフの日のスポーツバーで延々流してほしい。

あと見逃せないのはエリーが飼っている猫さん!冒頭の旅行のシークエンスでも窓付きのリュックサックに運ばれる猫さんが映画の中で最高のスパイスになっている。今年の猫映画暫定一位です。暫定ボックスにお座りください。そして、この文章を最後まで見てくれたトリッキーな映画関係者の方へお願いです。猫映画だけの映画祭どこかでやってくれないですか?猫にスパイなんて夢しかねえな。

アゲアシトリスト

マツエクを施術する人の職業をアイリストというらしい。美容には全く見識がないので、そういう職業名があるんだと一個賢くなったと同時に「アイリスト」という名称にふわりとした違和感を覚える。「eye」の美容を施す人なら、人を表す「-ist」の接尾辞がついて「アイスト」になるはずだ。「リ」はどこから来たのか。

アイリストより前にあった言葉を考えてみる。これはおそらくネイリストだろう。爪をあらわす「nail」に「-ist」でネイリスト。英単語の構造としてもとってもわかりやすい。きっとこの「リ」をアイリストは拝借しているのだ。

「アイスト」だとすこし寂しさがあったのだろう。同じ美容業界だし、きちんと挨拶してお願いをした結果、ネイリストたちは「リ」をのれん分けしてくれた。「爪」という字がなんだからまぶたを閉じたときのまつげに見えてきた。

もうひとつ揚げ足のような疑問を呈したい。まつ毛は英語でいうと「eyelash」だ。なぜ「eyelashist」にしなかったのか。そのまま、まつ毛に特化した美容業といえば、わざわざ「リ」を借りることなどなかったのだ。カタカナにすれば「アイラシスト」だ。東京アイラシスト美容専門学校なんてクールな校名じゃないか。

これはもしかして英語自体に秘密があるかもしれないとググってみたら、案の定アイリストは和製英語であった。英語で言うなら「eyelash artist」というらしい。アイラシストじゃなかった。ごめん。

さらに調べてみたらネイリストも和製英語だった。まじかよ。和製英語から「リ」借りてたのかよ。ちゃんと通じるように言うならアイリスト同様に「nail artist」もしくは「manicurist」とのことだ。マニキュリストかっこいいじゃん。「彼女は華麗な爪美容師(マニキュリスト)」っていう漫画とかやったらいいじゃん。業界を追われた伝説のマニキュリストが、依頼者の要求に答えた素敵なネイルを作りながら同時に依頼者の人生における問題も解決しちゃう一話完結のやつ。無料だったら読む。

俺もおそれている【ボーはおそれている】

『ボーはおそれている』を見た。


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「置かれた場所で咲きなさい」という言葉がなんだか苦手だ。この世界において私達は同じ条件で人生のスタートを切れるわけではない。先天的なアドバンテージの違いがあることを踏まえたうえでの言葉かもしれないけど、言われた側の「置かれた場所」をまったく想像していない投げやりなアドバイスに聞こえてくる。咲きたくても咲くことができない花のことをつい考えてしまう。

 

『ボーはおそれている』のボーの立場になったときに、電話越しからこの残酷に美しい言葉を告げられたらおかしくなりそうだ。遠くに住む母親に会いに行こうと計画を立てていたのに、その直前に厄介な隣人に狂わされることから数奇で不条理なことが起こり始める。しかも母親が突然シャンデリアの下敷きになり、死んでしまったという知らせも受ける。なんとかして実家に向かおうとするボーだけども、その道中は災難ばかりだ。

 

3時間の物語の中でボーに降りかかる出来事になんとか笑い過ごすしかない。絶対に嫌なシチュエーションが続くから、観客側も心が削られるのだが同時におかしさも込み上げる。圧倒的なスラム街(ボーはなんでこんなところに住んでいるんだ)、全裸の殺人鬼、何かがいる風呂場、子供部屋の病室、チャンネル78。気弱なボーはずっと負け顔なんだけど、母親の葬儀に駆けつけなければいけないその一心で、窮状から逃げ続ける。

 

全4部で構成されているボーの受難。ボロボロのボーは果たして母親の葬儀にたどり着けたのだろうか。この旅路の果てでボーは報われるのか見てきたが、とてつもなく汗をかいた映画だった。もう一度見たいけどもう一度見たくない。そんな感情だ。

私は押されがちな正確だからどことなくボーの性格にシンパシーを感じてしまう。突然、自分の住んでる街がヘロヘロな半裸人間ばかりで溢れ出したらどうしよう。偶然、置かれた場所は幸いにも平和だけど、人間なんて脆いからいつ不条理な展開が起きてもおかしくない。いつの日か、ボーみたいに追い詰められるときが来るかもしれないということを想像しだしたら恐れが止まらなくなった。