『ボーンズ アンド オール』を観た。
生活の中で「世界にこの二人だけしか共有できない瞬間」に出会う時がある。部屋で過ごしているときに水道が壊れるハプニングとか、初めて打ち明けた秘密に急激に共感してくれたときとか、海沿いのカフェで見た笑ってしまうぐらいの雷とか。その共有できる瞬間のツボが狭ければ狭いほど、二人の絆はぐっと固くなる気がする。
『ボーンズアンドオール』は一般では理解できないはずの感情に対して、ときに強烈に共感できてしまう瞬間が訪れる物語だ。主人公の少女、マレンには誰にも言えない秘密があった。それは、人を食べたくなる衝動があること。その衝動のおかげで、家族に迷惑をかけた結果、彼女はとうとう一人ぽっちになってしまった。そんなマレンの前に、同じ人食いの衝動を持つ青年リーが現れ、マレンはリーとともに流浪の旅を始める。
アメリカの街を転々とするふたり。作中では、この二人が和やかな街に紛れているカットがふいに流れる。ただの日常なのに、この街に食人がいるという情報があるだけで、ぞっと背筋に冷たいものが流れる。暮らしの中における恐怖なんてすぐそこにある。あなたの隣人も、、、みたいなことを考えていたら自分で自分の体をぎゅっと抱きしめてしまった。
主人公たちも、その衝動を隠して生きている。この生きづらさに対しては共感できてしまう。マイノリティーという言葉でも掬い上げられないような孤独を抱えるマレンとリーの旅は何よりも人間臭くてピュアだ。
作中には、二人以外にも食人するキャラクターが何人か登場する。彼らの中でも食人に対するこだわりがあるのが面白い。理解されない世界の中でも、理解されるもの、理解されないものがあることに気づく。なんてったって、見逃せないのが冒頭に登場するおじさんのサリーだ。スクリーンから溢れ出す不穏さに鼓動が早くなる。このサリーが、マレンとリーの旅に混沌を巻き起こすのだ。
監督は『君の名前で僕を呼んで』を製作したルカ・グァダニーノ。『君の名前で僕を呼んで』のタイトルの意味が物語を優しく覆う作品だった。これも二人の秘め事を描いた話だった。『ボーンズ アンド オール』は「骨まですべて」という意味。このタイトルが含まれたセリフが作中に登場するのだけども、その言葉が放たれた瞬間、私の心の中のすべての栓がパンと外れて溢れ出してしまった。まさしく『ボーンズ アンド オール』という言葉のために描かれたマレンとリーの純愛の物語であった。