砂ビルジャックレコード

カルチャーの住民になりたい

夏休み前にもらった紙【ゾラ】

『ゾラ』を見た。


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小学生のときだったと思う。夏休みに入る直前の日のホームルームで、あるプリントが配られた。そこには夏休みを迎えるにあたっての注意事項が書かれていて、たとえば水辺の事故に気をつけることであったり、変な人に付いていかないということであったり、要は「浮かれるな!」という内容であった。

 

私が小学生のころはインターネットもそこまで発展していなかったので、アナログな危険しかなかったけども、今の子供たちはSNSで簡単に、地獄への扉を開けてしまう危険性がある。きっと自分の頃と同じように、夏休み前に注意事項が配られていると思うんだけど、内容も現代版にアップデートされているのであろうか。

 

今回、観た『ゾラ』の原作になるのは、とあるアメリカのTwitterアカウントの100件以上に及ぶ連続投稿だという。そのゾラのツイートがベースになり、みんな大好きA24が映画化した作品だ。

 

主人公はタイトルの通り、ゾラというデトロイトに住む女性。この女性の視点で話が進んでいく。ポールダンサーでありながらも普段はダイナーで働くゾラは、そのダイナーに客としてやってきたステファニと出会い、意気投合する。出会って間もないステファニから、フロリダでダンスの出稼ぎの誘いに乗るゾラは、ステファニとともに車に乗って旅をするのだが、その道中でゾラを待ち受けていたのは、想定外の悪夢旅であった。

 

作中でゾラが直面する展開に、じんわりと汗をかく。あっという間に逃げられない立場に追い込まれるSNSの恐怖がリアリティを持って迫ってくる。でもね、ゾラ。よく考えてよ。あなたが乗ったフロリダ行きの車のメンバー覚えてる?あなたとステファニと、ステファニの彼氏と謎の男よ。もっと危機感覚えなさいよって話だ。冒頭に言及したプリントに書いてあった「知らない人の車に乗ってはいけません」という言葉を思い出す。アメリカではそんなプリントは配られないのかしら?

 

と、ゾラが体験したことが一人喋りで展開されていくのだけど、とあるシーンで自分の価値観が揺らいでしまう。そう、あくまでもこれは"Twitterで書かれた話"なのである。胸糞な展開に感情移入しつつも、そもそも我々観客もゾラのことなんて全く知らないのに、鵜呑みにしてしまっていた。何が一体起きたのか、そしてゾラとはステファニとは誰なのか。真実を掴みきれない部分がいかにもネット的だし、都市伝説的な部分も匂ってくる。そう感じてしまうのは、めったに夜道を歩かない私が平和ボケしすぎなだけかもしれない。

 

『ゾラ』全体にはiPhoneTwitterの通知音が効果的に使用される。それらの電子音が、最初は幻想的、寓話的に聞こえるのだけども、物語の暗部がわかってくれるにつれ、徐々に不気味な音に聞こえてくるのが面白い。自分の鼓動が徐々に早くなることに気づく。とにかく、自分の身は自分の身で守るしか無い。安全にたくましく生きるしかない。「水辺の事故に気をつける」「知らない人についていかない」「知らない車に乗らない」は、大きい人間になった今でも生き延びるための重要なルールだ。