砂ビルジャックレコード

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あのシーンまで遡りたい(『TENET』観たマン)

『TENET』を観た。

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もうビデオテープを使ってないのに、ふと「巻戻し」という言葉を発してしまうことがある。リモコンを見ると「早戻し」という表記だけど、「早戻す」という動詞は納得いかない。DVDであっても、「巻戻す」という言葉のほうがしっくりくる。これって、いつの間に根付いた時間の線分のイメージに依るものなんじゃないかと思う。DVD以降の世代は時間が直線の概念しかなくて、「巻戻す」ビデオテープ世代は直線の時間線分に加えて、2つの渦のような線分も持っているという仮説を提唱したいのだけど、わかりますか?賛同してくれる人はお手元の◀◀ボタンをスイッチオン。

 

時間の魔術師、クリストファー・ノーランの最新作『TENET』の中で明らかにされるタイムトリックを目撃したときに、ふと「巻戻し」という絶滅危惧種に指定された言葉を思い出した。ノーランは過去の作品でも、色々な角度から、私達が持つ時間に関する常識を映画の力を使ってぶっ壊してきた。今回の裏切り方もトリッキーだったし、観終わったあとしばらく経っていても混乱が残っている。

 

特にエンドロール直後はひどくて、『TENET』酔いみたいな症状が現れた。IMAXの巨大なスクリーンに映し出されたノーランマジックに打ちのめされて、映画館を脱出し、街へ出たら、横断歩道を行き交う人達がいた。この通行人は前に進んでいるのか、それとも後ろに進んでいるのか、当たり前の光景なのにわからなくなってしまった。くしくも世界はコロナ禍。マスクをした通行人ばかりなので「あれ、TENETの世界に迷い込んだ?どっちの時間で進んでるの?」と自分の思考回路はむちゃくちゃになる。

 

『TENET』は名もなき男が、世界の終末を救うために、不思議な時間の性質を持った敵と戦うスパイ映画だ。体を張ったスパイアクションも見逃せないし、タイムトリックだけじゃない部分も派手にやってくれるのがノーラン作品のすごいところ。特にオスロ空港でのミッションは手に汗握る展開だし、救急車だの飛行機だの金塊だの、画面上で大暴れ。そうそう、映画じゃなきゃ、大画面じゃなきゃ見れない映像を見せてくれるからノーランが大好きなんだ。

 

そんでやっぱり、ノーラン作品だから難解な部分も多い。きっと1回、いや、2、3回観ても『TENET』すべてを満喫できることはできないだろう。ストーリーも、ばっしり伏線が張られているけど、そもそもその伏線を見逃していることに後半で気づく。あれってなんだったっけ?と、心の中の松蔭寺大勇が何度も頭を振っているが、残念ながら現実の時間は編集できず、順行するのみだ。エンドロールが流れ、マスクを付けたまま映画館を脱出した私は、混乱した結果、前述の『TENET』酔いを起こした。

 

メメント』のときもそうだった。わかったつもりでいたけど、結局芯の部分では映画を消化できていない。幸いにも『メメント』はDVDで観てたので、まきもど、、早戻しボタンを押して、全容を理解できた(はずだ)けど、『TENET』は『メメント』以上に難解だ。今のうちに映画館の設備で大迫力の映像と音響を体に刻み込み、いずれ出るソフトや配信で物語や細かい描写をしっかりと堪能する。◀◀ボタンを押すことを楽しみにしている時点で、私はノーランの作った美しい時間軸の中をぐるぐる駆け回っている立派な虜なのだ。