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ハッピーエンド平面説(『ラブ・セカンド・サイト』観たマン)

『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』をオンライン試写会で観た。

 


目覚めると 一目惚れした妻との出会いはなかったことに!映画『ラブ・セカンド・サイト』予告編

 

「関東地方は今日の深夜から早朝にかけて雪が降り積もるでしょう」と、キャスターが天気予報を伝えていた夜、子供の時の私はすごくドキドキしていた(大人の今でも積雪の予報にはドキドキするのだけど)。部屋の窓はいつもよりグンと冷たくて、何かが起こりそうな気配の中で、毛布の中で眠る。いつの間にか窓の冷たさが部屋を支配して、いつの間にか毛布がめくれた私はその部屋の冷たさで目が覚める。カーテンを開けると、真っ白な風景が広がる。いつもの町並みが雪をまとうだけで、見知らぬ世界に来てしまったみたいで、戸惑いながら窓越しにじっとその景色の美しさに見とれていた。

 

この『ラブ・セカンド・サイト』はパリを舞台にした恋愛SF映画だ。原題は"Mon inconnue" というタイトルで、Google翻訳にかけてみたら「見知らぬ人」という意味。主人公はある一組の男女カップル、ラファエルとオリヴィア 。高校時代から付き合っていた2人は結婚し、やがてラファエルは人気SF作家に、オリヴィアはピアニストでの成功を夢見つつピアノ講師をしていた。

 

ラファエルが人気ものになったことで、2人にすれ違いが生じ、関係はぎくしゃくになる。そんな関係のなか、ある大雪の夜に2人は喧嘩をしてしまう。酔って眠りについたラファエルが目を覚ますと、ラファエルがチャラい国語教師、オリヴィアが人気ピアニストという昨日とは違う世界になっていた。しかもオリヴィアはラファエルのことを知らなかっただけでなく、恋人もいる。見知らぬ人となったラファエルはオリヴィアを取り戻すために、様々な作戦を企てる、という話だ。雪は何もかも変えてしまう。

 

本筋に入る展開が非常に苦しい。というのも、序盤からラファエルとオリヴィアの幸せな生活がハイライトとして流れるからだ。そこらへんのカップルYouTuberでは醸し出せない2人の美しい日常に思わずうっとりする。チャーミングなオリヴィアの中から愛されていたはずの自分が消えてしまった。地球平面説のようにハッピーエンドのその先には滝があって、もうひとつの世界にこぼれ落ちるラファエルの姿がとても切ない。

 

もうひとつの世界での記憶が全く無いラファエルに残っていたのは、過去の記憶=オリヴィアを愛していたこと、そして親友のフェリックスとの友情だけだ。この記憶を頼りに、人気者となったオリヴィアへあの手この手で近づこうとする。恋人がいるとわかっていても挫けないラファエルの行動力も素晴らしいのだが、ここで印象に残るのがフェリックスの活躍だ。失恋の感情を癒しきれていないまま、ラファエルの作戦に協力するフェリックスは少々おせっかいで、そこがまた愛おしい。こんな親友がいればいいのに。

 

物語のクライマックスで行われるオリヴィアのコンサートで、彼女はショパンの「幻想即興曲」を弾く。調べてみるとこの曲は、ショパンの死後に発表された作品で、ショパンが友人のフォンタナに楽譜の廃棄を依頼したものの、フォンタナはこれに手を加え、ショパンの「幻想即興曲」として発表したという経緯のあるピアノ曲だった。

 

フォンタナが行動を起こさなければ私達はこの名曲を永遠に知ることがなかったが、ショパンにしてみれば望んだ結果ではないと考えるとなんだか複雑な気持ちだ。社会的立場が逆転した大雪の後の世界で、ラファエルは前の世界のような関係を望むのか、オリヴィアの成功した姿を見守り続けるのか、そして、その最大の選択の先に待っているのは滝か、それとも一度見た美しい景色なのか、ラスト10分あたりから思わず私は祈ってしまった。