砂ビルジャックレコード

カルチャーの住民になりたい

底で笑う男(『ジョーカー』観たマン)

『ジョーカー』を観た。 

www.youtube.com

 

TEDにこんなスピーチがあった。スウェーデンのある大学の研究結果によると、笑顔の人を見て、しかめっ面になるのは難しいとのこと。笑顔には伝染しやすい性質を持っているからで、人間は他人の笑顔を見て反射的に真似することにより、笑っている他人の感情を推し量ろうとするらしい。へええ、笑顔にそんな機能があったなんて。笑いが伝染するというのは、経験的に納得ができる。たとえば笑顔の赤ちゃんと周りの親戚、半永久的に伝染作業をくりかえすカフェのおばさまたち、濱口優の「笑う男」、僕ら人間は笑顔をコミュニケーションの触媒として生きている。*1

 

しかし、『ジョーカー』を見ると、その研究結果が正しかったのかどうか不安になる。あのバットマンシリーズに登場する究極のヴィラン、ジョーカーの生い立ちに迫った物語だ。ゴッサムシティに住むコメディアンでの成功を夢見るアーサーという男が、なぜ、悪の道に進んだのか、ジョーカーというアイコンになったのが描かれる。エピソードゼロ的な位置づけの作品だ。

 

アーサーはゴッサムシティのあるアパートで母親と二人暮らし。決して富裕層とは言えなくて、ピエロ派遣業として生計を立てている。その仕事のシーンから物語が非常に物悲しい。街の悪ガキに弄ばれたり、派遣先の病院で問題を起こしたり、鈍くさいと片付けてしまえばそれだけなのだが、とにかく不運が重なってアーサーはドン底に落ちてしまう。気づけばこれがジョーカーへの覚醒の始まりであった。

 

そしてアーサーを演じるホアキン・フェニックスの演技よ。狂気が人のかたちをしているようだ。アーサーは、突発的に笑う病気を持っていて、その笑い方がなんともおぞましい。なんというか...笑いと悲しみと怒りが全て等分に入り混じったような感情表現で、わずかに笑いが34%あるといった感じ。あんな笑顔で迫られたら、つられ笑いなんてできないよ...だからスウェーデンの研究は違ってると思ったのだけど、このジョーカーがアイコンになるのだから、”伝染力”という意味ではあながち間違っていないのかも。笑顔も悪のアイコンになった秘訣なのか。

 

サクセスストーリーといえば一般的には、敵を滅ぼして王になるとか、優勝してチャンピオンになるとか、ヒット商品が当たって社長になる、みたいなものだけど『ジョーカー』も立派なサクセスストーリーといって過言ではないだろう。アーサーがとにかく下へ下へ堕ちていく。堕ちていくアーサーをゴッサムシティの市民も観客も止めることができない。というか誰も止めようとしない。我々は、堕ちていきながらも”成り上がる”アーサーの奇妙な人生を目撃しなければならない。

 

その"成り上がり"として、象徴的なのが階段のシーンだ。この映画では「階段とジョーカー」が映るシーンが複数現れる。その瞬間にジョーカーが何をしていたのか、そのとき階段には誰がいたか意識しながら見てもらいたい。私には、この階段の奥の奥に、富裕層と貧困層という社会的構造が透けて見えた。アメコミを原作とした話なのに、どこか絵空事と思えないのが非常に怖かったりする。