砂ビルジャックレコード

カルチャーの住民になりたい

平成と令和のあいだ

新しい元号が決まった。発表の時にレストランにいたのだけれど、みんながそれぞれスマホで会見を待っているのが面白くて、時代の境目にいるのだなという実感が湧いた。

 

元号が書かれた額縁が官房長官によって陽の目を浴びる。このスタイルも、小渕さんが「平成」を掲げたインパクトが強すぎるからだっただろう。メディアが発達し、記録技術も発達したのも一因である。この先も元号の発表はこの”小渕方式”が採用されるだろうし、万が一、官房長官が「それでは、電光掲示板にご注目ください!」なんて言ってほしくない。あの筆でバシッと書かれている感じで素敵なのだ。

 

新しい元号の発表後、今度はスマホがフリップにかわる。皆が令和で一言申し上げたいのだ。折しも4月1日。エイプリルフールに食傷気味の日本国民にとって、エネルギーは十分だ。さあ、国民的お題に対して、迫り来る未来に対して、笑いをとるのだ。

 

私も一言、令和でうまいこと言いたいんだけどそこは一億総笑点状態。思ったことがかぶるかぶる。「いとしのレイワ」とか「ほのぼのレイワ」とかとっくに先人がいるのだ。「ハレイワ島」もだめだったか。まだ誰も踏んでいない真っ白な雪を探すように、エゴサーチするけどみんなが通ったあとだった。まだ令和にもなってないのに。

 

そうだよ、まだ平成だ。昔のことはよく知らないが、すでに次が決まっている元号は初めてなんじゃないのか?こういう元号をクリスマス・イブ的な言葉で表現できないだろうか。令和イブだと、4月30日を指しそうだし、なんか違う。悩んだ末にたどり着いたのが「前任」である。要は引き継ぎである。これぐらい身近なことばでよくない?

 

「令和」という名前の人が、話題になっていた。たしかに、元号にも名前にも希望や期待をこめた漢字を用いるのだから、今回のようなビンゴが起きるのも不思議ではない。つまり、世界線が違っていたら、だれかの名前や、私の名前も元号になる可能性があったのか。そんなことを考えていたら、「充徳」と書かれた額縁を菅さんが掲げてたのかもなあ、と、ふと、チュートリアルの「月刊 福田」というコントを思い出した。歴史的な日に思ったことだから書き留めたくなった。