『ビガイルド 欲望のめざめ』を観た。
映画『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』本予告
「紅一点」の対義語って何だろうとふと考える。答えが出ないので、ググってみたら「ない」のだそうだ。(つまり答えが出ないのはある種正解だ)「紅一点」という言葉自体男性社会が当たり前の時代に出来たのが対義語が存在しない理由らしい。そんなんTwitterで言ったら一部の人から叩かれそうな感じもある。言葉も女性進出していない一面がある。そんな言葉が存在していない割には、高校に入学したら男はぼくひとりだった。とか、ルームシェアに俺ひとりだったと、のれんの向こうから聞こえそうなフィクションはあったりする。
このビガイルドは「逆・紅一点」(という表現を仮にしておく)の物語だ。南北戦争下のアメリカ南部の女子校が舞台で、北部の負傷した男兵士が倒れているところを女生徒に発見されるところから物語がはじまる。女子校に運ばれ看病される男兵士に対して、女生徒たちは、まるで異種の生物を見るような距離感で接するが、徐々に女性としての感情が男兵士にめざめはじめる。特にエル・ファニング師匠の近づいてはいけない妖艶さ!まさに欲望のめざめ。おはようございます!
つまり、ひとりの男を取り合うという構図になるのだが、それぞれの愛情表現が異なっているのが興味深い。誰にも気づかれずにおめかししたり、慎ましやかに距離をつめるものもいれば、先行逃げ切りで行くタイプ。ベテランの味を生かすタイプと、アピールの方法は多種多様だ。自分はどのタイプに近いかチャート診断したくなる。
その女性同士の静かな火花もあるのだが、根底にあるのは恋愛における男性vs女性という構図といえる。女子校の長であるニコール・キッドマンの冷酷な美しさや統率力と男兵士役のコリン・ファレルから漂う大男性ホルモンの戦い。あるシーンで空気感がガラッと変わるのだが、その瞬間からこの構図が際立って見える。コップから水が溢れ出るような感覚は恋愛における重大局面だ。偶然にも本作のような「逆・紅一点」の世界に投げ込まれたとき穏便に過ごすためのサバイバルガイドとして大変参考にしたい。のれんの向こうのファンタジーなんてなかったんだ。