砂ビルジャックレコード

カルチャーの住民になりたい

毛布にくるまってうつ伏せでノートPCを使いがちな20代半ばのための映画(『勝手にふるえてろ』観たマン)

勝手にふるえてろ』を観た。

 


松岡茉優が歌う!泣く!叫ぶ!映画『勝手にふるえてろ』予告映像

 

ひとりきりの世界を作るのは楽しい。ただ、その世界を作るには不可欠なルールがある。それは、他人の住む現実世界との連絡路を断つことだ。つまり、楽しむ上でのアクションやリアクションが他人に影響を与えてしまうといけないのだ。この行為は難しいが人間という生き物は素晴らしく、連絡路を断つ機能を持っている。"妄想"だ。

 

勝手にふるえてろ』の主人公である江藤良香のすがすがしいまでの妄想に畏怖に近い親近感を覚える。学生の頃からクラスメイト「イチ」を10年間片思いし続ける意志の強さ。自らが神となれる脳内であれば、不幸せになることなどないのだ。狂おしく惚気ける松岡茉優の演技も最高だ。「わかるわかる」「推しに置き換えたらこんなオタいる」「ちょっとやばい」と、次々と刺激される。内向き人間の爆発力は美しくはないが愛おしい。

 

絶滅種が好きという江藤良香の嗜好もいい。アンモナイトを買い、異常巻きへの憧れを1.3倍速(つまりオタク特有のスピード)でまくしたてる良香だが、「モテる=種を残す機会に恵まれている」とすれば、良香はまごうことなき”絶滅危惧種”である。群れることを嫌い、自らの世界に引きこもろうとする。まるでアンモナイトのように、さもなくば自ら異常巻きを理想とする良香の自己防衛力はすさまじい。地方のコンビニの駐車場なみのパーソナルスペースだ。

 

綿矢りさの原作は読んでいないのでこれも原作通りなのかわからないが、空耳アワーが好きという一面も共感してしまう。あの名作に笑う江藤良香につられてその後家に帰ってYouTubeで見てしまった。江藤良香を通じて考えると空耳も共有可能な誇大妄想なのだろう。

 

ただ、この"妄想"は総じて脆いもので、外的衝動であっという間に現実世界に引き戻される。渡辺大知演じる「ニ」による強引なアプローチ。この「ニ」の学生と社会人の見た目であったり、恋愛弱者っぷりもうなずいてしまう。オフィス街のHUBでよく見ます。

 

同じ回で女子高生が二人組が見ていて、「ニ」にこそこそ「キモー」と心の声が漏れていた。おい、女子高生よ、世の中の男はだいたいこんなのか鬼チャラかの二択だ、覚悟しておけ、いい恋しろよ!と、テレパシーしておきました。恋愛弱者と恋愛弱者の誰も得しないぶつかりあいが面白い。ただ、なんだか他人事は思えない。それはきっと恋愛弱者の自覚があり、いつの間にか殻が出来つつあることに気づいているからだ。毛布にくるまってうつ伏せでノートPCを使いがちな20代半ばにはグサグサ突き刺さる映画なのだ。この毛布が殻のようにカチカチになってはいけない。でも暖かくて困る。