『スイス・アーミー・マン』を観た。
キャンプなどに持っていくマルチツールに弱い。東急ハンズなどで売り場を見つけるとじっとその性能を見てしまう。キャンプは趣味ではないし、十徳ナイフは買ったことも使ったこともないけども。あの小ささで色々なことに使えるという器用さに、勝手に自分を重ね合わせて「ああ私も十徳ナイフのような人間になりたい」と思ったりもする。
この『スイス・アーミー・マン』というのは、十徳ナイフの通称「スイス・アーミーナイフ」から来ている。十徳ナイフのように様々なポテンシャルを持っている人物を想像するがその通り、この映画に登場するメニー(演じるはダニエル・ラドクリフ)は八面六臂の大活躍をする。ただし、死体なのだ。世界一有名な魔法使いのくせに死体なのだ。
ポール・ダノ演じるハンクが無人島に漂流しているところから物語が始まる。絶望の淵にいるハンクが見つけたのが打ち上げられた死体・メニーだ。メニーの奇跡的な“搭載機能”を発見したことにより、無人島への脱出計画が始まる。まず、ハンクがメニーのスイスアーミーマンっぷりに気づいた瞬間があるのだが、その美しさ、生き延びる希望を見つけた喜び、生に満ちた疾走感がたまらない。数日ぶりに熱いシャワーを浴びたような気分になる。
偶然打ち付けられた死体が、無人島脱出の秘密兵器となるというストーリーのくせに、そこまでシュール性を感じない。何故ならば、振り向けば死という極限状態の中で、とにかく生きようとする執念や、走馬灯のような描写、自然の恐ろしさといった、生きることの鮮やかさを実に映画的に表現しているからである。
ハンクが生きたいと願えば、死体が奇跡を起こす。この性能なんでもありなのかよ!というやり過ぎ加減も愛しい。もはや、この神話のような展開を積極的に受け入れてしまっている自分がいる。それは、ドラえもんのようだ。適した人に救世主が与えられるとこうなるのだ。
ハンクとメニー、生と死の間にいる二人のやり取りを観ていると不思議と癒やされる作品だ。生きているって素晴らしい。ただ、前言撤回させてほしい。メニーのような永遠十徳ナイフのような人間になりたくはない。死んだら還らせてくれ。