『パターソン』を観た。
鬼才ジム・ジャームッシュ監督最新作『パターソン』/8月26日より公開
映画のキャラクターの嗜好やしぐさ、性格を観て、「自分は人のこういう場面が好き/嫌いなのかも」と気づくことがある。私がジム・ジャームッシュ監督の『ナイト・オン・ザ・プラネット』を観ていたときのこと。タクシー・ドライバー役のウィノナ・ライダーを観て私は知ってしまったのだ。タバコを吸う女性の美しさを。
今まで学校の保健体育の授業を真面目に聞いてきて、グロテスクな喫煙者の肺の画像を先生に見せられたはずの思春期の私が、くわえタバコで運転するウィノナ・ライダーのかっこよさにシビレてしまった。『ナイト・オン・ザ・プラネット』のウィノナ・ライダーは最強だって、果たして何名の知り合いに演説したことか。
そんな気づきを私に与えてくれたジム・ジャームッシュ監督の最新作、『パターソン』を観た。『パターソン』とは主人公の名前、でもあり、舞台の街の名前。つまり、ニュージャージー州パターソンに住むパターソンさんの日々を描いたのが『パターソン』だ。題名に異議なし。
難しいことを考える必要のない話の展開なのが嬉しい。パターソンさんのある1週間が過ぎていくだけ。朝6時半ごろに起きて、仕事に出かける規則正しい生活のパターソンさん。バスの運転手で決められたルートを毎日安全運行するパターソンさん。趣味で詩を嗜むパターソンさん。仕事終わりは犬と散歩してバーでちょびっと酒を飲むパターソンさん。好感度の高い映像ばかり流れるがそれでいい。「こういうパターソンさんと結婚したい!」と気づく女性も現れるだろう。安定こそが幸せなのだ。
ただ、ルーティーン化された生活の中でも、小さな事件が起こる。決して、“映画にするほどでもない”機微な感情の変動が描かれているのが最高だ。異星人との遭遇よりも伝説のスパイよりも、不治の病より共感できる。ほぼ北半球の真裏で住んでいるパターソンさんと同じようにぼくらも1週間を過ごしているんだ。
さて、このパターソンという街は数々の著名な文化人を輩出した街であり、街並みとともにアボットとコステロなどが紹介されているのだが、そのうちのひとり、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズという詩人が、『パターソン』にとってキーパーソンとなる。パターソンさんは、詩を愛し、このW.C.ウィリアムズもこよなく愛す男で、これがきっかけで、ある詩人と運命的な出会いを果たすことになる。
街から出ず、詩の街で詩を愛す彼を見ると、パターソンさんが“街が人のかたちをしたもの”のように思えてくる。街に散りばめられた魂を集めて、そこに命が宿ったら、きっとこんな素敵なひとが出来て、微笑ましい生活をする。それが『パターソン』の正体ではないだろうか。
そういえば、『ミステリートレイン』もメンフィスの魂に引き寄せられた人々の作品であった。ジャームッシュ監督の街の切り取り方が大好きだ。いい作品だよなあ。