砂ビルジャックレコード

カルチャーの住民になりたい

なんかいろいろ(カエラとか師匠とか)

気づいたら11月だし、気づいたらブログを疎かにしていた。もったいないので、書いていないことを連々と。しかし最近、YouTubeなどを貪る時間が取れないことにもどかしさを覚える。徐々にみんなの輪からズレていっている気がするのがつらい。

 

10月18日、19日は2夜連続で赤坂ブリッツにて、私の大好きな木村カエラさんのライブを観に行ってきた。相変わらずのエネルギー量。私の礎はやっぱりこの人だ。

 

https://www.instagram.com/p/BLtBwdrD85R/

初日からぶちこませていただきました。自分の中でPUNKYを噛み締める。 #kaela #punky #アイゴンさんの渋み

 

このライブは新アルバム「PUNKY」 のリリースツアーなのだが、「PUNKY」もなかなか語りたくなる作品である。パンクといえばイギリス発祥のムーヴメントだ。そのイギリス的な空気を醸したセットリストに思わず唸る。久しぶりにあの曲が聞けてカエラ芸人は嬉しかったのですよ。

 

アルバムの発売を受けて各媒体でカエラのインタビューが掲載されていて、ほとんど読破した。「PUNKY」という言葉には「火口」や「熱を帯びた状態」という意味があるとのことだ。私はもうひとつの解釈を提案したい。それは「Y」の力だ。セックス・ピストルズに代表される「PUNK」という青臭くてクセのある音楽ジャンルをカエラのポップ力=「Y」でまろやかにしているのではないか。「PUNK」と「POP」の架け橋になるための「Y」なのである。 

 

話は変わって、人生初の生落語に行ってきた。みんなのべえ師匠こと笑福亭鶴瓶師匠の落語会。

 

https://www.instagram.com/p/BMJMA5XDTBp/

この人やはり化け物でした

 

 

鶴瓶師匠の落語会へ足を運ぼうと思ったきっかけは、ある落語がどうしても聞いてみたかったからである。「山名屋浦里」という題の作品は、タモリさんがブラタモリで吉原を訪ねたときに聞いた実話がベースになっているのである。真面目な留守居とナンバーワン花魁の人情噺。落語が生まれた背景も、落語の展開にもついつい惹かれてしまって赤坂アクトシアターに降り立ったわけである。

 

テレビにはテロップがあり、YouTubeは好きなときに再生・停止ができる。我々受け手がコンテンツを理解するには非常に甘い世の中である。そのような環境で育ってきた私にとって、落語を聞くことはとても新鮮であった。落語を聞くという表現もなかなか正しくはないというか。。なんだろう。落語をこぼさないようにする。落語の味を確かめる。といったところか。鶴瓶師匠の声、動き、表情という限られた情報伝達手段から物語のすべてを自分の中で投影させる。お前の中で、俺の話す物語はどういう色なんだ、と言われてるかのようだ。想像力をフル回転させる真剣勝負。そういえば人の話をこんな集中して聞いたのっていつぶりだろう。

 

落語という”文化”的なハードルを打ち崩すような演出もニクかった。合間に流れるお囃子が前前前世なのだ。なんて洒落ている!べえ師匠がますます尊い存在になった。