1年前ぐらいのことだろうか、ある特別展示のイベントでこんな看板を見た。
「少女マンモス、一般公開」
しょ、少女マンモスとは一体。。。
一瞬で少女マンモスに興味を持った。厳密に言えば、「少女」と「マンモス」という単語が無理やりくっついたそのアンバランスな造語に心惹かれたのだ。
少女マンモスってどんなものなんだろうかと、想像する。まず普通のマンモスを脳内で蘇らせて、少女色に再形成する。完成したのは、毛がもじゃもじゃに生えた肉々しい塊の生き物だけども三つ編みというクリーチャー。少女と付けられているからにはおそらく家族もいるだろう。
荒々しく育つ毛を器用に美しい三つ編みにしているのは母マンモス。学生時代はミスコンにも出たことがある。そのミスコンを見て一目惚れしたのが父マンモスだ。学生時代はラグビーに熱中。ちなみに趣味はボトルシップづくり。
少女マンモスには年の離れた弟マンモスがいて、毎日大木にぶつかるぐらいのパワーで、常に額につく絆創膏が剥がれない。最近ようやく初恋をおぼえたらしく、本人はそのことを隠しているつもりだが、母マンモス、少女マンモスにはバレバレである。(父マンモスは案の定気づかない)
少女マンモスは、両親からのおしとやかで女性らしいマンモスになってほしいという教育方針から週二でピアノのレッスンを習っている。もうすぐ発表会というときに、やってきた氷河期。という背景を(勝手に)踏まえた上で少女マンモスが冷凍されていることを想う。さらには一般公開。お金を払って少女を見る。なんだこの背徳感。「少女」の魔力は「マンモス」をも乗り越える。
少女マンモスという存在がいるならば、他の少女絶滅生物もいたはず。少女アンモナイトに少女ニホンオオカミ、少女モア、少女シソチョウもいるかな。まだまだ過去に思いを馳せる。
少女アンモナイトは少し引っ込み思案。父の影響でたまたま観たウェス・アンダーソン作品にはまってしまう。少女ニホンオオカミと少女モアはご近所同士。毎年夏になると2家族合同のバーベキュー大会を開催するほど仲がいい。少女シソチョウは、とうとう最近ぐれてしまった。少女ドードーをいじめているひこうしょうじょである。
とか考えていたら少女マンモスから始まった妄想古代ロマンに浸りすぎて、肝心の少女マンモス展示はとっくに終わってしまっていた。公開終了から1年、少女マンモスは三つ編みをしていたのだろうか。そのことだけでも今でも気がかりである。