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変わる価値観、変わらない人間【劇場版 おうちでキャノンボール2020】

『劇場版 おうちでキャノンボール2020』を観た。


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2020年に入ってから、果たして我々は「コロナ」「ご時世」という言葉を発してきたのだろう。ここ1〜2年の使用度急上昇漢字ランキング1位は「禍」だと思っているし、こんな状況でなければ「禍」を「か」と読むことさえも知らなかったと思う。

 

そんな2020年の5月に、ある男たちはさっそく動き始めていた。伝説のAV、テレクラキャノンボールシリーズを立ち上げたカンパニー松尾監督たちはコロナ禍なのにあるレースを開催しようとしていた。それが「おうちでキャノンボール」だ。

 

そもそもテレクラキャノンボールというのは、AV監督たちが地方に行って女の子をナンパして、その速さと芸術点を競うレースで、感度の高い人達なら『劇場版テレクラキャノンボール2013』とか聞いたことがあるだろう。この2013年の作品の影響はすさまじく、その後プロレス業界では『プロレスキャノンボール2014』が、TBSのバラエティでも『芸人キャノンボール』が生まれたり、エポックメイキング的な怪作となった。

 

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最も密な行為を行う業界が、最も密が禁じられた時代に行うのもイカれているし、そもそも女の子をナンパして競うという部分もなかなか前時代的だ。AV出演強要なんてもってのほかだ。その雁字搦めになった状況をアイデアで乗り越えようとする。ちなみにルールは、各種アプリやSNSを用いて出演してくれそうな人を探す。年齢確認もしっかり行う。もちろんコロナ禍なので、ターゲットとの直接接触は禁止。映像越しや1.8m以上離れた状態で、アダルトなことを行う。このルールが波乱を巻き起こす。

 

出てくれそうな方を探すためにスワイプしたり、DM送ったりしているのだけど、直接口頭で交渉できない難しさや、アプリの仕組みに苦戦するベテランたちを見て、職場でZoomに慣れずため息をつく先輩社員の姿を思い出す。

 

そして、アポが取れたら1.8m以上の距離を置いた状態でのエロ行為。このかつての人間史に存在しなかったソーシャルディスタンシング・エロのクリエイティビティに笑ってしまうのと同時に感動する。

 

徐々にコロナ前に戻りつつある現代から見ると、バカバカしく見える映像だけど、当時はコロナが何者かあまりわかっていなかったし、ワクチンも出来ていない不安しかない時間だった。ひょっとしたら、もう二度とコロナ前のような密着行為ができなくなるかもしれない。特にアダルト業界なんか死活問題だ。限られたルールの中で新たな愛のかたちの創造を試みようとするプレイヤーたちがキラキラして見える。撮影に協力してくれた女性たちのリアルもしっかり映し出されたり、絶望しかない2020だったけど、それでも希望を見出そうとするキャノンボール軍団の貴重な実験映像だ。

 

これを映画館で見れる喜びを噛み締めた。まだまだ席の間隔は空いていた映画館だけど、いつか満員で『おうちでキャノンボール』でゲラゲラ笑える未来が来ることを祈っている。

 

 

育つな、卵【ハッチング -孵化-】

『ハッチング -孵化-』を観た。


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どうしても不満な感情を溜めてしまう癖がある。不満なことがあれば、しっかりとその場で解消すればいいのに、やり過ごしてしまう。その溜まった感情がMAXに達したときに、強く人に当たってしまったこともあった。ガス抜きの上手な人に憧れる。心の健康を手に入れるには正々堂々と戦うことが必要だ。

 

『ハッチング』に登場する12歳の少女ティンヤもどちらかというと、溜め込んでしまうタイプの性格だ。新体操を学んでいる4人家族の長女だけども、この両親がどうも気になる。Vlogで"家族の幸せな時間"を配信している母から新体操で結果を残すよう異常なプレッシャーをかけられるし、どこかティンヤのことを所有物として扱っている。さらには木こりのようなマッチョと不倫している。一方、父親はそんな状況に気づきながらも、反対することもなく、事なかれ主義のような立ち位置。

 

そんな家庭の中で育つティンヤだが、ある事件をきっかけにひとつの卵を手に入れる。自分の部屋に持ち帰ったティンヤは、その卵をベッドに隠す。不思議なことに、ティンヤが不安や抑圧を受けることに、その卵がどんどんと育っていく。最初は鶏卵ぐらいの大きさだったのに…

 

タイトル通り、このティンヤの卵が”孵化”するのだけども、孵化するまで、そして孵化した後を通じて不気味なトーンで展開されていく。ホラー系の映画なので心拍数が上がるような場面が多いのだが、一見、完璧な家族に属しているティンヤの不安定さ、不自由さに、どこか共感してしまうのだ。思春期とは、とにかく脆い。

 

その内面の不安定さと裏腹に、新体操をやっており、ビジュアルも強めなティンヤなのだから、我々はこの少女が迎える結末を知らずにはいられない。ホラーではあるが、これはティンヤという少女の成長物語であり、この『ハッチング』が迎えた結末にカタルシスを感じてしまった。同じ北欧で生まれた『ミッドサマー』のように、人によってはハッピーエンドとして捉える映画なのではないか。

 

もしかしたら自分もティンヤのように卵を拾ったら、その卵を孵化させてしまうのかもしれない。一方で、誰かの卵を孵化させる真っ黒い栄養素を与えているのかもしれない。せめて自分と、その周りの人々には、そうなってほしくない。ストレス軽減に効果がある卵料理を食べながらそう誓った。

 

はをなおしにいかないとね

1年前から歯列矯正をやっている。虫歯が見つかったのをきっかけに、今後数十年生活する中で歯並びを揃えたほうが何かといいという歯科医のアドバイスを受けたのがきっかけだ。インビザラインという手法で歯列矯正を行っている。これは、歯型をとり、自分専用のマウスピースを作って、1週ごとに取り替えながら徐々に歯列を整えていくものだ。

 

このマウスピースだが、なかなか一筋縄ではいかない。計画通りに歯列が動くとは限らず、ときには再度歯型を取って、マウスピースを作り直すこともある。すでに何度か作り変えたことがあるのだが、この瞬間がまあまあ恥ずかしかったりする。

 

歯医者さんのイスに座り、例のリクライニング機能により、天井を見上げる姿勢となる。歯型をとるために、どろっとしたガムのようなものを口に入れられる。このガムのようなものは時間が経てば、固まって歯型になるという仕組みだ。この液体が固まるまでの数分間も大変で、しっかり鼻呼吸しなければならない。たまに、その液体が喉の方に垂れてくると、非常にむせたくなるが、じっと我慢する。でも我慢できなくて涙目でむせる。歯科衛生士さんにむせるところを観られる。少ししょんぼりする。

 

マスクで目元だけ見えている女性の歯科衛生士さんのことを意識してしまうのはなぜだろう。この感覚は子供の時から変わっていない。力強い目元にドキドキしてしまうし、そのマスクに隠された鼻や口はどんなかたちをしているのだろうか。結局、その答えは明かされないのだが、施術時に身動きが取れない私にとって、ひとつの時間つぶしのテーマになっている。

 

歯型取りは終わったが、ここからもっと恥ずかしくなる。口内を写真で撮るのだ。その際、歯科衛生士から私に、口を広げるための器具を2つ渡される。それはプラスチックで先端が少し曲がっている。その曲がったフックのようなところに口の両端を引っ掛けて、自らの手でイーと横に広げる。

 

両手の自由も奪われ、防御力ゼロになった私の口内をパシャパシャとiPhoneで撮り出す歯科衛生士さん。すげえなiPhone。歯科医業界でも大活躍かよ。歯を揃えたら、キレイに歯型をその林檎につけてやりたいよ。

 

歯列矯正のためとはいえ、自分を客観視してしまう癖があるから、どうしてもこの状況が恥ずかしくて仕方ない。いともたやすく行われる歪な歯列を記録される行為に為す術もない。

 

そのとき唯一自由に動かされる両眼が、あるものを捉えた。口内写真を撮影しているiPhoneの本体とケースの間にある2ショットのプリントシールが挟まっているのだ。なんとなくその2ショットの片割れに見覚えがある。え、このiPhoneってクリニックで契約しているやつじゃなくて、この歯科衛生士さん個人のやつなの?恥ずかしさは薄れ、疑問が湧き出る。

 

眼球を必死に動かして、確定作業に移る。間違いない、この歯科衛生士さん本人が仲の良い友人と旅行に行ったときに撮ったであろうプライベートフォトだ。こんな口内丸出しの状況で、歯科衛生士さんのマスクの奥の素顔を突然知ってしまったことにドキドキしていた。むりやり心を落ち着かせる。そっか、こちらが口を公開したから、向こうも顔を公開してくれたのか、というエセ心理学を発明して自分で自分を納得させていた。

 

新しいマウスピースができるのは約1ヶ月後。その歯科に、歯科衛生士さんと会うのに緊張するんだろうな。いつか揃った歯で笑顔を見せれるその日までの関係だけど。

 

歯

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