砂ビルジャックレコード

カルチャーの住民になりたい

なんかいろいろ(Clubhouseとかお耳周りの話とか)

TwitterInstagram疲れを起こしているのにも関わらず、新しい場所を求めてSNSを旅してしまうのは何故だろうか?前にも書いたが、Clubhouseへの潜入に成功した。やったー新しいSNSだー!と意気揚々で試したものの、思ったよりも楽しくないことに気づく。つながり(というよりフォロワー数を増やしたいだけ)を求める人々が無音部屋というものを作り出してそこでぽちぽちやっている。実際の部屋を思い浮かべる。真っ暗で大きな部屋の中で誰も声を発さず何千人の人々が名刺を交換しあっている画が妙におかしい。名刺をいっぱいゲットできてよかったね。としか言えない。

 

芸能人の部屋か、ビジネスの可能性をひたすら話し合っている部屋ばかりで、自分の居る場所がない場所に気づく。もっと市井の人々の雑談を聞きたいのに。そんならClubhouseよりラジオ聴くわとなって、聞きつけのラジオ番組を再生する。Clubhouseはラジオを聞く習慣がない人の耳を奪うだけのものにすぎないのだ。

 

ラジオ番組はやっぱり楽しい。最近は#むかいの喋り方を聴くようになった。30分時代はよく聞いていたのだが、2時間半になって少し距離が離れていた。向井さんはなんとなく芸能界の中でこちらに近い考えや性質をにじませてくるから好きになる。冒頭の1時間で小気味よく妄想と恨みを織り交ぜながら一人喋りをする向井さんの空気感にニヤニヤしながら、冬の街を歩くのがささやかな幸せである。

 

 

最近のささやかな楽しみをもうひとつ。「ばなびーちゃんねる」という芸人MADのYouTubeが愛にあふれている。最近もとんねるずのMADを公開していた。映像の中盤で、今や一線級の芸人たちが口を揃えて「とんねるずに憧れて芸人をめざした」という編集にグッと来る。結局、こういう現代になっても、とんねるずの圧倒的な陽の力を浴びて育った僕たちは、この二人が暴れまわっている姿が見たいんだ。

youtu.be

 

口と手を動かしなさいよ

今年の節分は2月2日とのことだ。そして昨日は2月2日だ。豆も撒いていないし、恵方巻きも食べていない。パスタを茹でて、パスタを食べただけだ。節分に求められる手の動き、口の動きを満たさないまま夜を終えようとしている。

 

もっと口と手を動かしなさいよ自分!と思った。今流行りのClubhouseに潜入することができた。招待制というのを知っていたけどとりあえずアプリをインストールし、とりあえず登録したものの招待がないと入れないとの表示。案の定わかっていたが、インストールした翌朝、iPhoneには登録完了の通知が。昔、一度だけ飲みに行って携帯番号を交換した方から招待されていたのだ。その彼が、間違えて私を招待した率100%なんだけど、権利返還はできないものなので、呼ばれることにした。

 

いろいろな部屋に入って話を聞く。しかし、どこか立ち話を盗み聞きしている罪悪感が鼓膜にまとう。この罪悪感を抑えるには話す側に立つしかない。ただ私はほとんど事故的にClubhouseに入場した身。馴染みの仲間もいない壁の花だ。入り口のIDチェック、ガードマンによるボディチェックもされることなく入ったようなもので、もう空っぽのプラカップを飲んだふりしながら、部屋を回ることしかできないいつかのクラブハウスで行われたオールナイトライブを思い出した。だからClubhouseなのかと納得した。

 

口を動かせないなら手を動かせ!とばかりに、こうやってブログを書いている。先月は3つしか書けなかった。褒められたものではない。(そもそも褒めるやつなどいない)自分は観た映画の感想を書くことが多いけど、そういえば今年に入って新しい映画を劇場で見ていないことに気づく。結構な緊急事態だと感じている。自分の嗜好が変わったのか、それとも新しいものを吸収するキャパシティが満タンになったのか、少なくとも何か変化があるみたい。こちらは追ってリポートしたいと思う。

 

映画館初めはきちんと果たした。リバイバル上映している『バッファロー’66』を観に行った。


【映画】バッファロー'66 - Trailer

初めて観たのは高校生ぐらいだったと思う。ビリーの家のシーン、ボウリング場でのタップダンスとモーテルでのシークエンスがまだ柔らかかった脳みそにズドンと残っている。そしてとうとう劇場で本作を体感できたのだ。大人になって、色々知識がついた状態でみると違った趣がある。ビリーってこっち側の人間じゃないか、とか、ダンススタジオの電話のシーンで、あんなカットがあったのか、だったり。劇場で見ることでようやく本作を「観終えた」という感動が訪れた。それにしても、『バッファロー'66』のラストカット最高すぎませんか?あれだけを壁一面に貼った寝室に住みたいもんだ。

 

なんかいろいろ(桃鉄とかニッ社とか)

さんざん雪が降るとの予報が出てたのに、朝に窓を開けたらただの冷たい雨だった。自分の住む東京は、雪に弱い街だから、なるべく雪は降ってほしくないけど、そんなに降る降ると言われたなら降ってほしい。肩透かしを食らったような冷雨に当たるとただただ悲しい。雪に仕立てるはずの寒気が部屋にずわっと入ってきて、目が覚める。コーヒーを入れよう。

 

緊急事態宣言もあるし、なかなか外には出づらい。年末に買った桃鉄もだんだん飽きてしまった。果たして今まで日本を何周したのだろうか。何回森駅でイカ飯屋を独占したのだろうか。今回の桃鉄はオンラインで見知らぬ人と対戦できるのだが、結局その人の考えが読めないのがどうも奥深く入り込めない。妨害するカードを使うときにしゃべりながら牽制したり、ぴったりゴールまでのサイコロの目を出して盛り上がったり、キングボンビーの悪行にみんな揃ってドン引きしたり、ゲームの外側にあるコミュニケーションが桃鉄の面白さなのだ、と気づく。

 

今年に入ってから突然ニッポンの社長が気になる。KOC2020でのケンタウロスのコント、M-1敗者復活戦での惨劇を経て、とうとう興味が止まらなくなる。この間にやっていた配信限定の漫才単独ライブを買って、ニッポンの社長にどっぷりと浸かる。1本目から、この敗者復活戦の一連をつかみにするどころか、セルフオマージュして本ネタまで昇華させるところがニッポンの社長らしい。部屋でひとりゲラゲラ笑ってたけど、きっと会場にいたら他のお客さんとの増幅がすごかったはずだ。

 


ニッポンの社長【敗者復活戦ネタ】〈出番順15〉M-1グランプリ2020

 

最後に用意したネタも、M-1用ネタという名目でフリにフって、とびっきりにふざけたネタを二人が愛おしい。ケツさんの芸人力に吹き出す辻さんという構図が愛おしい。最後のネタ、決勝でやってくれないかなあ。テツandトモとかすゑひろがりずとかと同じカテゴリーとして扱えばいいと思うんだけど。なにもかもフリにしてしまう遊び心ある感覚がニッポンの社長の魅力だ。

 

アルゴリズムは突然、意外なものをおすすめしてくる。自分のYouTubeの画面で表示されたのは立川志の輔師匠の落語の動画。どうやら今年の「志の輔らくご」が中止になったようで、代わりに期間限定で公開されているのだが、これが凄まじかった。


志の輔らくご「ガラガラ」(2011年・パルコ劇場にて収録)

 

商店街の抽選会にあるガラガラを巡って繰り広げられるドタバタ劇。ガラガラなんて最近は回していないし、ショッピングモールなんかは最近、iPadをタッチして抽選する形式の物が多い。ついに我々はガラガラにまでもノスタルジーを感じるようになってしまうのか。商店街よ負けずにガラガラを回す機会を与えてくれ。アルコール消毒はいっぱいするから。

 

「ガラガラ」は、商店街側の人情とプライドが思わぬ展開を巻き起こしていく展開に目が離せないし、ラスト6分の志の輔師匠の狂気迫るシーンには笑わずにいられなくなる。期間限定だから見てよ見てよ!と自分の使っているほぼすべてのSNSに衝動的に投稿してしまった。漫才、コントだけでなく落語もしっかりと吸収して自分の内面を充実させていかなければならないと思った次第。