砂ビルジャックレコード

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第63回短歌研究新人賞の話

今年度の短歌研究新人賞に応募した作品が最終選考通過作に選ばれていました。9月号に10首掲載されておりますので、よろしければご覧ください。

短歌研究2020年9月号

短歌研究2020年9月号

 

 

短歌の火を絶やさぬようにこそこそと毎年のように作品を投稿し続けていました。初めて送った2015年にも最終選考通過して、これが2度目。自己最高到達点に戻ってくるまでとても長かったなあ。俗に、創作の場合、「処女作が最高傑作」なんて言われることもありますが、その呪いを打ち破ったまでは行かないけれど肩を並べたという点においては、諦めないで良かったというのが率直な思いです。

 

とはいえ、こういう賞レースは受賞しなければいけないのもまた事実。特に私みたいな単騎で動いている人間にとっては、バズる体力・資本力なんてないから最終選考通過した程度で称賛してくれる人間はおらず、この事実は風化するだけ。ふと目をやれば馴れ合いの言葉たちが私の前に流れ出して、気まずくなった私は目的地も決まっていないのに、鞍上からムチを振るって遠くへ駆けていくのです。その先になにかあると信じて、大きく実る木の種を探して、集落への羨望をぐっとこらえて。

 

酷暑をのりきる最善策

暑い。笑っちゃうぐらい暑い。真っ赤っ赤な天気予報見るだけでもう暑い。激辛料理を食べるテレビ番組のことを思い出してまた体感温度が上昇する。外に出れば、マスクがしっかり口の周りの熱気を閉じ込める。二酸化炭素を吐きながら、ああ温室効果ってこういうことなんだろうなと、浅はかな誤解をしながらカンカン照りの東京を歩く。

 

お昼ごはんで立ち寄ったハンバーガーのお店のBGMがRIPSLYMEの「楽園ベイベー」だった。このお店は最高かよ。酷暑から逃れられないならいっそ楽しんじゃえばいい。みたいなことを言われているような気がした。ここ1週間暑いから、日中は「楽園ベイベー」「太陽とビキニ」を聞いて、夜は延々「熱帯夜」をリピートすれば切り抜けられるんじゃないかと急激なポジティブシンキング。全ての夏曲を捨ててRIPSLYMEに託す価値は十分あるはずだ。

 

そんなわけで、日が暮れたため、当初の予定通り「熱帯夜」を聞いて暑さを凌ぐ。YouTubeで「熱帯夜」の関連動画を見ていたら、こんな素晴らしいのに巡り合ったのがブログを書きたくなった理由。

 

youtu.be

 

6年前の高校生たちが、校舎で、しかも昼に、なんなら服装から察するに冬の時期に「熱帯夜」のMVコピーをやっているのがとても愛おしい。ビキニのお姉さまたちはさすがに出てこないけど、巻き込まれ気味に映像に映る同級生の女子が、この世界観の「熱帯夜」に妙にマッチしている。こうやって、全く知らない人たちでも、ノリで撮った映像が青春のタイムカプセルとしてすぐに見れる現代が好きだ。この「熱帯夜」を撮って、しかも黒歴史として消去しない彼らに感謝。そして、映像を見るきっかけのきっかけになったハンバーガー屋さんにも頭が上がらない。そのお店で買ったハンバーガはやけにパティがちっちゃくて、マヨネーズバーガーみたいな感じだったけど許さざるを得ない。

 

この世は波で、僕らも波だ(『WAVES』観たマン)

WAVES』を観た。

www.youtube.com

 

自然界には直線が存在しないと聞いたことがある。その言葉を知ってから、外出するごとに「確かに」と思う場面に何度も遭遇する。白い雲も、海も、草花も曲線で出来ている。そういえば人間だって曲線だらけで出来ている生き物だ。そう、僕らは生きている限り曲線からは逃れられない。

 

自然の構造だけでなく、人生も「山あり谷あり」と例えるように曲線だらけだ。『WAVES』は、タイトル通り波のような高低差のある運命を迎える、ある黒人一家の物語だ。最近の映画をよく見ているみなさんならご存知のA24が配給しているこの映画は、大きく2部構成に分かれている。

 

1部の主要人物は高校生のタイラー。レスリング部のエリートであるタイラーは、部活にも取り組むし、かわいい彼女もいるし、これ以上求めようがない高校生活を送っていた。こんなやつ、同級生にいたら自分の存在感のなさに絶望してしまいそうだ。そして、タイラーの友達枠でアイデンティティを作ろうとするやつも出てくるだろう。それぐらいの充実した”勝ち組”高校生だ。だけども、勝ち組の彼にも悩みがあるし、物事全てが順風満帆にいかない。彼女がタイラーに伝えた、”ある告白”や、レスリング生命を脅かす肩の怪我、エリートとしての重圧がタイラーに襲いかかる。その結果、タイラーはある事件を起こす。

 

そんなタイラーにはエミリーという妹がいる。エミリーが第2部の主人公だ。タイラーの起こしたある事件により、心に傷を抱えてしまったエミリーの前に、事情をすべて知ったレスリング部のルークが現れる。そんなエミリーの心の傷を癒やすルーク自身もある事柄で葛藤を抱える人間であった、という話だ。

 

WAVES』でユニークなのが、劇中曲のプレイリストを作成してから、脚本が生まれたということ。シンガーソングライター的にかっこよく言えば詞先でなく、曲先だ。曲の雰囲気に当てはめるのも難しかったろうに、よくこんな器用なことをしたねえ、と、孫を愛でるような目線で感心してしまった。このサブスク時代では、映画と音楽も切り離せなくなっている。特に私なんかは気に入った映画があれば、すぐにサブスクで「映画名 プレイリスト」で検索して、BGMの余韻に浸りながら帰途につく。まるで見透かされたかのように「WAVES プレイリスト」で検索してやりましたよ。(そして、帰宅したあと、本作について調べていたら曲先ということを知って恥ずかしくなる)

 

音楽だけでなく、作中の色彩も非常に鮮やかだ。第1部は発色の良い赤と青を強調した映像表現が頭に残る。タイラーのイケイケな感じも色彩から伝わってくる一方で。2部は落ち着いたトーンだ。赤と青の混じった紫色が多いのが魅力的で、物語の調子が違うことを表現しているように感じた。

 

この映画のエンドロールで流れる音楽を聞きながらあることに気づく。音も色も波で出来ている。そして、人生だって波で出来ている。波で出来たこの世界で、この惑星で、一喜一憂する人生を音楽や色で救われている。美しい曲線ばかりの世界から逃れられないことをいっそ祝福しようではないか。