比類ない強いひかり(『海辺の生と死』観たマン)

『海辺の生と死』を観た。


満島ひかり&永山絢斗共演『海辺の生と死』予告編

 

「ねえねえラビリンスのMV観た?」が一時期の私の口癖であった。MONDO GROSSOのアルバムの中の一曲、『ラビリンス』のボーカルを満島ひかりさんがやっているわけだが、その曲、MVをひと目見て圧倒されたのだ。もちろん見てない人にはURLを恩着せがましく送りつけていた。申し訳ありませんでした。


MONDO GROSSO / ラビリンス

 

香港の混沌とした夜に舞う満島ひかりの妖艶さたるや。フジロックでも、MONDO GROSSOのステージに出現したとの報を手に入れて、羨ましさの塊と化した私は、もうどうしようもいられなくなり、誰もいない夜の駅前をスキップで駆け抜け、少しでも満島ひかりとシンクロしようと努めたのです。

 

話がラビリンスしてしまったが、そんな満島ひかりさんの主演作「海辺の生と死」。戦中の奄美大島が舞台の話である。原作は、島尾ミホの同名の作品。この作品が実話であるということに驚いた。南の島で本当にあったひと夏の愛のかたち。

 

我々は、「満島ひかりって沖縄でしょ?」という固定観念をどこかで持っているが、ルーツは奄美大島にあると、本人は語っている。

 

満島:沖縄 親戚いないんですよ。一人も

東野:満島家ってどこ出身。どこから来たの?

満島:奄美大島です。もともと(苗字が)満(みつ)だけだったんすけど、ひいおばあちゃんの名前がミツで、「満ミツ」になっちゃって、島つけようって。

東野:満島ミツになって。「ミツ」サンドイッチみたいな感じになって。

満島:満島ミツになったけど、それも嫌だって言い出して、結局「ウメチヨ」に名前を変えて、「満島ウメチヨ」になりました。

旅猿11/高知・四万十川の旅より)

 

映画全体に流れるテンポが、南の島のリズム。細かくカット割りをすることなく、デンとそのシーンが流れていく。最初はそのテンポや、島の人々の訛りに違和感を覚えるのだけど(これは東京住まいの弊害だろうか)一旦浸かってしまうと本当に心地よい。むしろ、途中から兵としてやってくる、永山絢斗たちの標準語にむず痒さを感じてしまう。いつも聞き慣れているイントネーションなのに。

 

上記の旅猿のなかで、もうひとつ彼女の言っていた言葉が印象的であった。「映画は監督のもの、ドラマは脚本家のもの、舞台は役者のもの。(そして、旅猿は東野のもの!)」という格言。おそらく演じる側の言葉であるが、いやいやちょっと待ちなさいよ!ひかりさん。この映画に関して言えば、明らかに『海辺の生と死』は“満島ひかりのもの”であった。

 

波の音、飛行機の音、砲撃の音。「生」と「死」の境目が限りなく薄く、それでいて際立っていた戦争の日々。明日にもあの人が死ぬかもしれない、その状況の中でたくましく愛に全うする女教師。その女教師を演じる満島ひかりの力強さに、完全に掌握されてしまった。