砂ビルジャックレコード

カルチャーの住民になりたい

枠の外の男たちのための映画(『ハードコア』観たマン)

『ハードコア』を観た。

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ヒーローになって活躍したいという妄想は、男ならば持っている。増してや、特撮・プロレス・アクション映画・ビデオゲームという合法な麻薬たちを存分に摂取したやつらなら、その妄想は膨張の一途をたどる。

 

しかし、憧れはあるものの、ぼくらは金網の外でそれを見ているだけの人間だ。小さなころに親に連れてってもらった仮面ライダーショーでも、僕らに許される活躍は、司会のお姉さんの合図を受けてからの「がんばれ〜!!」の大声だけである。アクロバティックな殺陣に興奮する僕たちは子供の頃から善でも悪でもない存在だった。

 

しかし、大人になって、とうとうぼくらがヒーローになれるときがくるかもしれない。その感覚を与えてくれるのが、アクション映画『ハードコア』における完全な一人称目線での映像世界なのである。タイムマシンに乗っかって、あのころ、64の007でチョップ合戦していた少年たちに教えてあげたい。

 

監督はモスクワのロックバンド、Biting Elbowsのメンバーのイリヤ・ナイシュラー。ミュージックビデオで制作された映像の一人称目線が注目を浴びる。これが2011年の作品。

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もう、この3分間だけ、主観的映像のすごさが伝わってくる。屋上を、マリオのようにはね回るとき、こういう世界が広がっているのか。まるで、自分が圧倒的な殺し屋や、無敵のマーシャルアーツマスターになったような気分になる。

 

映像はさらに進化して、イリヤは今度は自分の所属していないThe Weekendというバンドの監督をすることになる。

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もはや、ミュージック聴かす気ねえだろ!と言いたくなる気持ちをグッと飲み込んで賞賛したくなるMV。『ハードコア』にもこのMVと、同様の見せ方があるので、比べてみるのも楽しいかもしれない。イリヤの主観的映像のエッセンスが詰まった傑作である。

 

数秒間でYouTube視聴者に関心を持ってもらう設定、思わず拡散したくなるアイデアが重要となり、ネットの世界で独自の進化を遂げたMVが、映画の世界に流入した特筆すべき例であるといえる。確実にMVと映画のの境目はなくなりつつあるんだろうな。(そういえば、MVみたいな映画もあるし。。。)

 

とはいえ、MVを2時間弱に間延びしてるだけでなく、しっかり映画として成立している。観客に与えられる情報は、主人公目線だけだ。まるでゲームが進行するかのように、ステージ展開、敵のレベルアップ、味方に隠された事実などが、テンポよく明らかになっている。

 

個人的には、主人公のヘンリーをサポートするジミーの設定に興奮する。アクションだらけの映画で、一種の緩和パートを担当する役だが、ある事実が明らかになり、これだよこれ!こいつが味方なのかとニヤニヤしてしまった。『ハードコア』は、ヒーローになりたい枠の外の男たちの夢を叶えるとてつもない作品なのである。

 

興奮冷めやらぬ私は、帰り道に、ガードレールを飛び越えようとしたが、足がすくみ、おじいちゃんみたいによぼよぼまたぐ格好になってしまった。むむむ、基礎が足りない。まずは柔軟体操からはじめよう。