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エル・ファニング大好きおじさん(『ティーンスピリット』観たマン)

ティーンスピリット』を観た。


映画『ティーンスピリット』(1/10公開)予告

 

ひとりの部屋で流す音楽ほどの精力増強剤ってあるのだろうか?家に戻ってきて、居間の灯りをつける。アウターを脱いで、手洗いうがいをしたら準備完了。かけたい音楽を大きい音量で再生したらショータイムのはじまりだ。きっと誰も見ることはないけど、いつかお披露目する機会があるといけないから、悔いの残らないダンスをする。

 

ティーンスピリット』は、主人公のヴァイオレットが外に座りながらiPodで音楽を聴いている場面からはじまる。彼女は学校に馴染めない内気な性格。バイト先のダイナーのステージで歌いながら、歌手として活躍することを夢見ている。そんなヴァイオレットの住む街にオーディション番組「ティーンスピリット」の予選会が行われることを知ったヴァイオレットは、このオーディションへの参加を決意する。

 

夢をつかもうとする少女・ヴァイオレットを演じるのは、エル・ファニング。そう、ぼくらのエル・ファニングだ。それはつまりどういうことか?そうです!ご名答!歌ったり、踊ったりするエル・ファニングが画面いっぱいに観られるのです。正直、話の展開なんて、なんとなく想像することが出来るでしょう。王道のシンデレラストーリーです。ただ、そんなことはどうでもよくって、『ティーンスピリット』はエル・ファニングの躍動を視細胞満タンに焼き付けて愛でる映画なのだ。

 

美声を響かせるエル・ファニング、緊張した面持ちのエル・ファニング、酔いどれるエル・ファニング、そのどれもが愛しいのですが、なんてったって一番の見所はNo Doubtの"Just A Girl"を爆音で聞きながらベッドの上で踊り弾けるエル・ファニングさんなのです。 ひとりの部屋でショータイムは万国共通のプレジャー。

 

こんな爛々と踊るエルとフェスに行ったら、、、みたいな妄想が膨らむ。もうゴリゴリの登山スタイルで挑む私に対して、比較的軽装でやってくるエル。でも、足元は履きなれたコンバース。こいつわかってると内心頷きながら祭りの国へ。お酒も大分入って、箸が転げただけで踊りだしそうな幸福感の中、お目当てのグウェン・ステファニーの時間。そして、あの曲のイントロが鳴り始める。ぼくはスクリーン越しに観たあの光景と同じものを観ていることに泣きそうになる。そして、ひとりの部屋で踊っているように音楽に任せて体を動かす。すべてはこの日のためにあったのだ。

 

そんなことを家で考えながらイヤホンから爆音で"Just A Girl"を流して舞っていた。檸檬堂うまっ。

  

 

 

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歴史になって分かること(『ジョジョ・ラビット』観たマン)

ジョジョ・ラビット』を観た。


タイカ・ワイティティ監督がヒトラーに!映画『ジョジョ・ラビット』日本版予告編

 

子供の頃に、ピンときていないことが、今振り返ってみると歴史のとんでもないひとコマだったということがある。関東に住んでいた私の場合で言えば1995年に起きた2つの出来事がそれにあてはまる。ニュースでみんながわいわい騒いでいるという記憶があるぐらいで、大変なことが起きているということはわかっているけど、それがどういう影響を与えていたのかわからなかった。少しずつ年を経るにつれて、多少であれ被害にあった人の話を聞く機会が増えて、ようやく大事と認識していく。あの頃の私は近くの公園で必死にブランコを漕ぐことしか出来なかった。

 

ジョジョ・ラビット』のジョジョもなんとなく、自分を取り巻く環境や起きている事の重大さをわかっていない。第二次世界大戦中のドイツで、少年兵士としての訓練を受けるジョジョだが、うさぎも殺すことができなくてヘナチョコ扱いされてしまう。そんなジョジョと周りの人々、そして"空想上の友達"であるアドルフ・ヒトラーとの戦時中の日常を描いた作品だ。

 

戦時中の日常を描いた映画だと『この世界の片隅に』が記憶に新しいが、その頃距離を隔てた同盟ドイツの国民たちはこう振り回されたのかと考えると、不思議とシンパシーを感じてしまう。

 

 

主人公である10歳の少年・ジョジョの目線で話が進められており、ポップでマジカルなタッチで描かれている。空想ヒトラーとともに暴走するジョジョや、吹き込まれたユダヤ人の"悪魔"っぷりを信じ込むジョジョ。有り余るエネルギーで戦時下のドイツを生き抜くジョジョが微笑ましい。

 

さらに愛くるしいのが、彼を取り巻く人々だ。風のような自由さを持った母親のロージージョジョの家に匿われたユーモアたっぷりのユダヤ人・エルサ、同い年の友達・ヨーキー、ヒトラーユーゲントの指導役・クレンツェンドルフ大尉など強烈なキャラクターたちとジョジョとのやりとりはずっと見ていたくなる。本当に戦争映画か?

 

ただ、そのように日常をコメディチックに描いているからこそ、突如、介入してくる大人たちの無慈悲な行動が悲劇となって心に突き刺さってくる。その手はジョジョの周りにも及び、彼の周辺にも色々な影響を与えていく。現在の私達は、このあとどういう結果になるか知っているからこそ、見るのが辛くなってくる。そういう経験のもと、段々と、事の重大さを感じ取り、大人の顔つきになってくるジョジョだけが唯一の希望だ。

 

 

オープニングではビートルズの楽曲、エンディングではデヴィッド・ボウイの楽曲が流れており、踊りたくなってしまう。しかも本人が、ドイツ語の歌詞で歌っているというのが面白い。イギリスのモンスターミュージシャンが、なぜドイツ語版を出すことに至った理由や、その楽曲が与えた影響を紐解いてみると、新たな発見があった。ただの反戦映画だけでなく、戦後のドラマについてもそれとなく提示してくる演出にニヤッとした。振り返ってみて気づくことっていっぱいある。

 

 

 

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階段映画の時代(『パラサイト 半地下の家族』観たマン)

『パラサイト 半地下の家族』を観た。


第72回カンヌ国際映画祭で最高賞!『パラサイト 半地下の家族』予告編

 

2月のアカデミー賞に向けて、なんだか映画について詳しくない人たちもソワソワする季節になってきた。ちょっと前まで『ジョーカー』が、映画の話題の中心だったのに今や、この『パラサイト 半地下の家族』のことについて誰もが考察している。韓国の映画が、最優秀作品賞獲ったらみたいなif...を考えてわくわくしてしまう。日本人って賞レース好きだよね。そのへんの国民性について書いている論文あったら教えて下さい。

  

 

ということで『パラサイト 半地下の家族』を映画館で観に行ってきた。客席はパンパン。映画の最初に浮かび上がるカンヌグランプリのロゴに少し鼓動が早くなる。『パラサイト』は題名の通り、韓国の半地下に住む貧しい家族・キム家が主人公の話だ。長男のギウが先輩から、裕福な家族・パク家の家庭教師のバイトを紹介されることから物語が動き出す。英語の家庭教師をしながら、うまく彼らの心を掴んだギウは巧みな話術で、知り合いの美術の家庭教師として、妹のギジョンをパク家に潜入させることに成功する。こうしてキム家のパク家に対する"寄生"計画が上手くいく....というところで展開が思わず方向に加速していく。ポン・ジュノ監督自らネタバレを控えるようにお伝えする意味がわかる超展開だ。

 

 

キム家の描かれる貧しい日常がわからないけどわかる。たとえば、半地下にある部屋は韓国の不動産事情ならではの物件ではあるのだけど、きっと韓国の人からしてみれば「あるある」と思ってしまうであろう。リアルな庶民の描写が海を越えてこちらまで伝わってくる。届かないWi-Fi、台湾カステラ、下水道の位置の関係で妙な高さにある便座。このトイレを舞台に、汚いのに儚いシーンがあるので、そこは観てほしい。

 

 

富裕と貧困、格差社会がひとつのキーワードになっているけど、『パラサイト』では、これでもかと、そのメタファーを感じさせる演出をねじ込んでくる。『ジョーカー』もそうだったけど、階段を巧みに使ったシーンが多い。これからの時代、この階段を使った演出が増えてくるんじゃないのだろうか。それを観て、すぐに僕らは格差社会を投影しだす。

 

 

しかし、『エクストリーム・ジョブ』もそうだけど、韓国映画で出てくる料理は、なんであんなに美味しそうなんだろうか。と、思ったら劇中に出てくる料理を再現しているカフェがあったので行ってきた。ジャージャーラーメン(チャパグリ)を食べながら、この映画の余韻に浸っていた。

 

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パラサイトのジャージャーラーメンを食べに #parasite #parasitemovie #パラサイト #チャパグリ

  

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